第六節 逆転の奇策をご覧あれ

 珪素騎士に追いつかれるまで、猶予はわずかしかなかった。

 狭い配管だらけの通路に逃げ込んだことで、ほとんど分岐も、隠れる場所さえなかったことが災いしたのかも知れない。

 大きな穴、講堂のような場所まで逃げ延びたところで、私は立ち止まるしかなかった。

 単純に行き止まりだったからだ。


「叛逆者ァ……!」


 滴るような憎悪の声で呼ばれ、振り返る。

 赤い血と、自らがこぼす青い血にまみれた珪素騎士が、私を睨み付けていた。


 彼奴に油断はない。

 十分すぎるほどこちらとは距離を置いており、この狭い通路でも、功子弾頭を回避できるだけの余裕を持っている。

 ……もっとも、射出機構はすでに壊されてしまっているのだが。


「私に首ったけだな、珪素騎士。どうした、幼女に興奮する特殊な嗜好でも持っているのか?」

「うるせぇ、うるせぇよ! ! おまえは、ここで収穫してやる! 知ってるかぁ? 青い果実が一番うめぇんだぜ……」

「そうやって」

「んん?」

「そうやって、〝彼〟らも食らったのか。〝彼〟の肉体を使って〝彼〟の家族を」

「……ああ、俺の素体になったやつのことか。関係ねぇよ、この世界の生命体なんざ、収穫されるためにあるんだからな。そうだ──おまえもそうしただろうが、叛逆者ぁ!」


 ……確かに。

 私もヴィーチェに言われて、生きるために獲物を狩った。収穫した。

 振る舞いは同じだ。


 それでも──と、私は奥歯を噛み締める。

 それでも、自分は生き延びねばならないのだと。

 為すべきことが、あるのだから。


「ゆえに珪素騎士──まずはおまえを、誅戮ちゅうりくする。廻坐乱主の前座にふさわしいか、私が試してやろう!」

「やってみせろよぉ、このッ、ノロマがぁああああああ!!!!」


 そうして、戦端は再び開かれる。

 おそらく最後となる、この騎士との戦いだ。

 彼奴は加速した。これまでのどのときよりも速く、鋭く、最速に。


 バンと空気が弾ける。

 床が車輪に踏み砕かれ、目視できない超高速で。

 槍を構えた珪素騎士が、まっすぐに私へと突進し──


 キュルルルル──ピィィン!


「なぁ!?」


 なにかが張り詰める音ともに、珪素騎士の驚愕の声が響いた。

 彼奴の超機動力が、一瞬だけ静止する。

 なにが起きたのか。

 簡単だ、彼奴の全身に、細い光が絡みついていたのである。


 光──が!


 〝大鴉〟の制御補助を最大限活用し、極限まで細く紡いだ功子の糸!

 まっすぐ進むしかない通路に張り巡らされていた蜘蛛の糸が!

 いま、珪素騎士の全身を束縛する……!


「おおおおおおおおおおおおおお!」


 速度とは力だ。

 力とは荒れ狂うものだ。

 普段完璧に制御しているものが、わずかでもおのれの度量から外れたとき、それは行き場を失って暴走する。


 わずかに狂った足捌きは、彼奴の身体を慣性に明け渡す。

 見えない力に引っ張られるようにして転倒した珪素騎士は、弾かれたようにこちらへと飛来。

 私はそれを、巴投げの要領でさらに背後へと投げ飛ばした。


「き──貴様ぁぁあああ!?」


 穴の底へと落下していく珪素騎士が、なにかを悟って吠える。

 だが、もはや遅い。

 そう、遅かったのは私ではない。

 おまえなのだ、珪素騎士。


「地の底で、遅すぎる後悔をしろ」

「叛逆者ああああああああ!」


 吠える珪素騎士が、講堂の床面に激突した瞬間。


「「「「「「ギリャアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」


 彼奴の周囲に存在した配管が。大小短長、無数の配管すべてが、一斉に屹立きつりつした。

 配管は波打ちながら襲いかかり、ノコギリ状の歯で食らいつき、大量の体液を浴びせかける。


「あが、ががががが!? 溶ける!? 俺の身体が、溶けて啜って食らわれる!? こいつらは──パイプズマイ!?」


 そう、この場所は〝巣〟。

 パイプズマイの、巣だったのだ。


「ふざ、ふざけるなあああああああああああ! たかが、たかが下等生物の群れに、いつまでも俺を封じておけるなどと! この、この糸だって引き千切って──」

『ええ、キリクは勿論、そんな楽天家ではありません』

「!?」


 絶叫し身もだえする珪素騎士へ、私はすでに、右手を向けていた。

 もとより功子の糸も、パイプズマイも決定代になるなどと楽観していない。

 ただ、一瞬の拘束として機能してくれれば、それでよかったのだ。


 彼奴が人知を越える化け物で、大出力の功子をぶつけなくては殺せないというのなら──


「は──叛逆者ああああああああああああああああああああああ」

「……喰われる痛みを知りながら、〝彼〟に冥府で詫び続けろ」


 脚部アウトリガーが床を貫き、私の身体を固定する。

 胸部の勾玉状リアクターから、右手に向けて全功子が流入。

 紫電をまき散らしながら、竜の頭部ペンドラゴンを模した装甲が開かれ──


『照準をこちらに。トリガーをキリクに! 限定装置全解除リミッター・オール・リリース──功子、最大投射します』

「散華せよ──!」


 放たれた光輝が、極大の黄金槍となって、珪素騎士を講堂ごと刺し貫いた。

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