第七節 キリク、セクハラをすること

「────」


 総身を包む装甲が、排熱のために一斉に展開。

 膨大量の蒸気を吐き出し、赤熱していた頭髪の輝きも、ぱっと霧散する。


 続けて、位相がずれるようにして装甲が消滅。

 当然身体を固定していたアウトリガーもなくなり、脱力した身体はそのまま、壁伝いに穴のなかへと転がり落ちた。


 ゴロゴロと惨めに転がり。

 ジュウジュウと焼け爛れた穴の底に、力無く突っ伏す。


 フォース功流によって二回りは巨大になった講堂のなかは、焼け焦げたパイプズマイでいっぱいだった。

 目の前でプスプスと煙を上げているそれをひっつかみ、私は口へと運ぶ。

 肉を噛みちぎり、炭化した表皮もバリバリと噛み砕く。


 不味い。

 数時間前に食べたときとは、比べものにならないほど不味い。薄荷の香りも、甘みもない。

 下処理をしないだけで、こんなにも変わるのか。


 舌が焼けるような痛み。溶解液による分解。

 それでもかまわず、食べ続ける。

 こんなところでは止まれない。あんな邪悪を目にしておいて、立ち止まることなどできはしない。

 是が非でも、生きねばならぬ。


 ガリリ、バリリと音を当てて。

 噛み砕き、咀嚼し、呑み込んで。

 次のパイプズマイに手を伸ばした瞬間、


 ガッ!


 と、なにかが私の手をつかんだ。


 珪素騎士の手!

 恐怖と驚愕が電流となって脊髄を走る。


 殺しきれていなかったのか? あの一撃でさえ!?

 反射的に、腰のサーベルを抜き取り、切り裂こうとして──


「ちょ、ちょっと待ってください! あたし、あたしよ! あたしですってば!」


 ……やけに聞き覚えのある声が、鼓膜を揺らした。

 ボコボコとパイプズマイの亡骸を掘り起こし、モグラのように顔をだしたのは、やはり珪素騎士。

 しかも私の手を、掴んで放さない。


「よし、殺す。いま殺してやる。すぐに殺す」

「ドントムーブ!? ステイ、ステーイ!」


 わからん! 日本語で話せ、日本語で!


「待ってって言ってるのですよ! わ、解りました。軽率にこの姿のまま現れたのは、確かにあたしの落ち度ですぅ。い、いま姿を変えるから! えっと──こう! これでどうですか!?」


 つながれた右手から、身体の根幹にまつわるなにかが、ごっそりと吸い出される感覚。

 左端に表示されているただでさえ少ない数字──残存功子が急激に消耗する。


 こ、功子が強制搾取されているのか!?

 新手の攻撃か!?


 虚脱感に膝をつきかけたとき、彼奴の身体の像がぼやけた。

 ブロックノイズが走り、それが裏返るように別のものへと置換されたのだ。


 現れたのは、蒼銀の髪を持つ女だった。


 手足のすらりとした、長身の女だ。

 以前の私よりもよほど背は高く、弐メートルもあろうか。


 継ぎ目のない、ぴっちりとした黒いボディースーツで総身を覆っており、手首と足首にだけ、枷のような透き通った青色の装具がついている。

 また、首の部分には〝勾玉のはまった外骨格〟とでも言うべき装身具がはまっており、おとがいまでを細い金属が覆い、首の細さを際立たせている。


 颯爽と掻き上げた長い髪は艶やかで、蒼い銀糸を思わせた。

 両耳を覆うように、赤色のアンテナが伸びており。アンテナに挟まれるようにして、バイザーが前髪の上に乗っている。

 髪の下からは、折りたたまれた飛行機の羽のようなものが見え。

 どっぷりとした安産型の臀部には、ワイヤー状の尻尾。


 北斎の水墨画よりよほどうつくしい、洋の東西に合致しない機械的な美人。

 柳葉のような眉。

 通った鼻梁。

 薄い唇。

 なにより、紺碧の瞳。


 見間違えろと、という方が無理な話だろう。


「ヴィーチェ・ル・フェイ」

「はい! なんやかんやに乗じて、珪素騎士の肉体を乗っ取りました! 功子弾頭の一発目に、〝種〟を仕込んでいたのです。あいつの動きが鈍ったのも、じつはあたしの仕業だったり! なので、これからはいままでより、もっと積極的なサポートができると思うので、頼りにし──なああああああああああああああああああああああああ!?」

「ふむ、柔らかいな」


 もむっと、私は戯画女の胸を、わしづかみにした。

 丹念に確かめた結果、これはもう戯画ではなく、物理女であるとわかった。


「な、なななな、なななな、なー!?」


 戯画女のときはあれだけ薄っぺらかったくせに、物理女はずいぶんと豊満である。

 度し難い。

 始末に負えない。


「な、な、な──」


 目を見開き、わなわなと震えるヴィーチェ・ル・フェイ。

 まったく。


「言いたいことは、生きているうちにはっきり言うべきだぞ、物理女?」


 でないと、手遅れになるのだからという私の言葉は、ついぞ口から出ることはなかった。


「なにすんのよ、このばかーーーーーーーーー!!!!」


 盛大に振り下ろされた拳。

 頬に命中し吹き飛ぶ私。

 空腹と疲労で意識が消えゆく中、私はひとり、納得のうなずきを重ねていた。


 落ち度しかない戯画女め。


 やはり猫を、かぶっていたのだな……?

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