第四章 巨蟲料理のフルコース

第一節 磁場嵐の中で輝いて

 空間を微少な雷がバチバチとき、砂鉄の混じった嵐が弩級構造体の内部を吹き荒れる。

 感覚センサーのたぐいがまったく機能しない異常気象。


 磁場嵐。


 砂鉄が混じった突風は電磁波を攪乱し、重力偏差も混沌の極み。

 おまけに物理的にも、


 そんな危険きわまりない気象現象のなかを。

 私と、珪素騎士を乗っ取ったヴィーチェ・ル・フェイは、逃げるように下層を目指し突き進んでいた。


 景観を楽しむ余裕はない。

 物理女のレーダーも死んでいるので、ここがどこかもわからない。


 それでも、幼女に生まれ変わったことで、風と砂鉄がぶつかる面積が激減しているのは喜ぶべきか。

 熊のごとしと言われた生前を思えば──いや、こんな世界に投げ出された時点でこの思考は間違っている。

 全ての元凶たる廻坐乱主への殺意が、ひしひしと増大していくのを感じる限りだった。


「キリク。大丈夫? 足下がふらついてるわよ?」


 物理女が、心配そうにこちらをのぞき込んできた。

 ……私の腰には、彼女の尻尾がくくりつけられている。

 遭難防止、はぐれることへの警戒という意味ではなかなか悪くない方策だが、犬の手綱を取られているような現状には、一言ものを申してやりたい気分だった。


「ああ、憂鬱だからな」

「無理もないわ。珪素騎士を打倒して、功子密束投射装置を回収して……それから飲まず食わずでここまで来たのだもの」


 ……まったく本意が伝わっていない。

 皮肉だとわかって無視しているのか、それとも本物のバカなのか、物理女は終始こんな感じだった。

 そうだ。あの戦いのあとから、ずっと。


 〝彼〟の村には、あのあと一度だけ立ち寄った。

 生き残った〝彼〟らは、怯えながらブツブツと廻坐への許しを乞うているだけで、何もできないでいた。


「密束装置が彼らのクローンを作る動力源だったのは確かよ? でも、もとはあなたのもの。それに、二度と機能しない訳じゃない」


 事実を列挙しているだけ。

 そんな様子の彼女だったが、私の責任は、私だけのものだ。


 〝彼〟の家族を産みだしていた子宮は、その機能を大幅に制限された。

 動力源だった拡張装具を、私が徴発ちょうはつしたからだ。


 奪った、搾取した。

 珪素騎士風にいうのなら、収穫した。

 それは、この世界の本来的な住人ではない私には、決して許されることではない。

 蹂躙と略奪が、どれほどの悲劇を生み出すかを、私は戦争で嫌と言うほど知っていたのだから。


 それでもやった。

 生きるために。廻坐乱主を殺すためだと信じて。

 だから……せめてもの、罪滅ぼしをしたかったのだ。


「その結果が、手に入れたパイプズマイを全部渡すこと? 呆れちゃうわね」


 すっかり猫をかぶるのはやめたようで、彼女は辛辣に毒を吐き捨ててくる。

 この嵐じゃ、自分が食べる分の食糧だって確保できないくせにねと嘲笑する。

 さもありなん。

 私は、始末に負えない男だ。いや、幼女か。


 〝彼〟らに食糧を提供しても、それはいつか尽きる。根本的な解決には一切ならないし、約束された破滅を先延ばしにする意味しかない。

 そうだ。〝彼〟らに立ち上がる意志がなければ、滅ぶしかないのだ。

 それを重々承知していながら、私は偽善をなすしかなかった。


 黒く輝く殺意にだけ突き動かされている男の、世迷い言でしかないのだ、これは。


 ならばヴィーチェ・ル・フェイよ、自己満足だと、大いに罵ればいい。

 それでも、私は。

 私は、彼奴と同じには──


「ちょっ!? キリク!」


 彼女が吃驚の声を上げたときには、身体がぐらりと傾いでいた。

 そのまま、私は顔面から床に倒れ伏す。

 突風がマントを払いのけ、閉じることもできない両目に砂鉄が容赦なく吹き付ける。

 唇はしなびてカラカラだ。

 唾液が泡となり、その泡すら乾き、喉がぺったりとくっつくほど、私は枯れ果てていた。

 急速に、意識が遠のき始める。


「功子残量は……ほとんど空っぽ!? なんでこんなになるまで黙ってたのよ!」

「…………」

「ああ、もう! これだから偽善者は──いいえ、いいえ! こんなのところで死なれてたまるもんですか! あたしが、あたしがどれだけあなたを、待ち続けたと思って──ああ、もう、ファッキンゴッド! こんなのあたしの落ち度じゃないんだから!」


 口汚い罵声をはきながら、彼女が私の身体を抱きかかえる。

 嵐はやまない。

 磁場嵐はやまない。

 ああ。

 喉が、乾いて──


「キリク! 二度もあたしを残してゆくなんて、許さないわよ!」


 彼女の言葉だけが、輝きを見せていた。

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