第五節 九七式多機能功子密束投射装置
「こぉぉぉぉぉぉ……」
深く、深く体内に酸素を取り込み、総身の気息を活性化させる。
万全でなお及ばぬ相手に挑むのなら、肉体的な付け焼き刃でも、気功の助けは必要なものだった。
加えて、赤備えは従順だ。
気を体内で巡らせれば、素直に力を吐き出してくれる。
右手を緩く開き、顔の後方に引き絞る。
左手は上にあけて、腰の先に。
全身で、相手に食らいつく牙の構えをとる。
拳と
このわずかなリーチの差が、戦場では生死を分ける。
「おいおいおい、玉砕覚悟って奴か? 笑わせるぜ叛逆者ぁ! 俺はにゃぁ、正直ここでの収穫を終えたら、ディス領域で馬鹿してる巨大馬鹿を殴って連れ戻さなきゃなんねーんだよ。だから、叛逆者ぁ、おまえとのお遊びはここまでさ。そこそこ最速で、片付けさせて貰うぜェ?」
嘲笑を浮かべて立ち止まり、べらべらと無駄口を叩く珪素騎士。
これまでの対局を振り返れば、侮るなと言う方が難しいだろう。
なにせ私は、ほとんど太刀打ちできていない。
それでも、勝つ。
こいつを、殺す。
そのために。
「呼べ、ヴィーチェ・ル・フェイ!」
『要請を受諾! 限定解除!
まじないのような言葉を口にすると同時に、戯画女が発光。
それに連動するように、私の全身を覆う〝赤備え〟の縁取りが、黄金と、淡い緑の輝きを放つ。
そして──
「な、聞いてねーぞ!?」
珪素騎士が、驚愕とともに飛び退いた。
彼奴が背にしていたもの──〝彼〟の人工子宮が胎動し、内部からすさまじい勢いで、硬質の物体が射出されたからだ。
こちらに向かって、殺意すら込めて飛来する〝それ〟を。
交差の瞬間、逆手で捉える!
そのための平手。
拳を開かなければ、未来を掴むことはできないのだから。
『九七式功子密束複合投射装置〝
〝それ〟は、
全長は百三十センチあまり。
純白の本体に刻印された、十字の紋章は緑色に発光し。箱の先端には、同じく十字形の発射孔が見て取れる。
大型のトンファーのように握ってもみるが、間違いなくこれが正しい使い方ではない。
「どう使えばいい、戯画女!」
『操作方法を、すぐに強制インストールするわよ! えっと、同調開始──導入完了! あ、いいこと思いついた! ここに〝種〟を仕込んで──よしッ。やっちゃえ、キリク!』
「応!」
カッと目を見開いたとき、〝それ〟をどう扱えばいいかは、すべて明瞭になっていた。
脳内に刻印されていた理解不能な言語が、急速に意味を持ったものとして再解釈される。
「させるか!」
「遅い」
何かの危難を悟り、妨害を試みる珪素騎士。
臆することなく、私は功子投射装置の下部を掴み、
ガシャコン!
すると、フォアグリップに連動し、箱の内部構造がレールスライドして露出。
周囲の大気が、目に見えるほど急激に吸引され緊急圧縮。
装置をつかんでいた手を離すと、伸長した分が自動で元に戻り──空っぽだった内部へ〝それ〟が装填される。
銃把を基点に、箱を半回転。
十字孔を、珪素騎士へと突きつける。
「放て!」
『あなたの言うとおりに!』
ギィィィィィィィィン!
引き金を引くのと同時に、功子投射装置が軋みをあげた。
その射出音は、けたたましい
真紅色の光輝。
フォース功流を鉛玉一発分にしたような光体が、私の身体を吹き飛ばすほどの反動とともに射出されたのだ。
光弾は一直線に珪素騎士へと直進し、炸裂する!
「があああああ!?」
はじける光、砕け散る珪素騎士の蛍光色甲冑。
初めて彼奴の動きを、こちらの攻撃が捉えた。
『超高密度に圧縮させた功子が、自らに莫大な作用を及ぼし、強制荷電および反発作用によって射出され、命中部位に作用・変異・崩壊を励起せしめる加速器。荷電粒子砲ならぬ、作用粒子砲! これこそが、九七式功子密束複合投射装置〝
「大仰に語っているところ悪いが、とどめを刺し切れていない! 彼奴はまだ来るぞ!」
私の推測は、残念ながら正確だった。
いや、慢心しなかったことを生き延びたら喜ぶべきだろう。
珪素騎士は目の色を変え、無言のまま立ち上がる。
右肩は砕けていたが、先ほどまでの嘲弄する気配がもはやない。
やつは殺意を鋭く研ぎ澄ましながら──姿を消す。
速い。それも、これまでとは段違いに。
目では追いきれない。
だから、戯画女が指し示すままに引き金を引く。
射出される功子の弾丸。
けれど──
「やはりまだ、俺の方が速い!!」
弾着地点から、煙のように消え失せた珪素騎士の槍が、私の顔面へと迫る。
反射的に功子投射装置で防御するが──嫌な音が響く。
槍の穂先が三度獣のアギトと化し、投射装置の砲身を噛み砕いていたのだ。
『落ち度! 落ち度すぎでしょバカキリク!? 普通唯一の武器を盾にする!?』
「死ぬよりは安い!」
それに、私の付属品なら、時間が経てば修復されるのだろうが。
『その時間が惜しいと──』
「叱責はあとで聞く! いまは……っ!」
追撃を放つ珪素騎士に、壊れた投射装置で殴りかかると、彼奴はそのまま距離をとった。
慎重になっているのだ。
油断がなくなっているのだ。
「…………」
彼奴に向けてカチカチと引き金を引くが、投射装置は動作をしない。
珪素騎士が、ニタァと口元をゆがめた。
私は──
「三十六計の外!」
全速力で、穴倉の外へと飛び出した。無論、〝
チラリと背後を伺うと、彼奴も追走してくる。
──そうだ、もうこの穴倉の住人たちは、奴の目には映っていない。
『ちょ、ちょっとキリク!?』
なんだ。
『なんだじゃないでしょ!? ないです! 敵前逃亡って……なにをやっているのですか!』
文字通り逃げている。
軍にいた頃なら銃殺刑も間逃れないし、なんならそれは私の仕事だが、しかしここは軍ではない。
最終的に勝つためなら、戦略的撤退もありだ。
被害を拡大しないための最善手なら、なんだってする。
『ですが、あの珪素騎士の足は速いです。きっと追いつかれます!』
その前になんとかする。
だからこうして、なりふり構わずあの場所を目指して走っているのだから。
それで……確認だが、この投射装置とやらは、功子を操作するためのものなのだな?
『え? ええ。弾体の精製や射出は副次的なもので、本来は大規模な功子の制御や、加速を行うための補助拡張装置。それが、レイヴンです。これがあれば、最大投射も多少は制御がたやすくなって、また細やかに功子を制御することも可能で──』
……そうか。頭の中に流れ込んできた知識は、どうやら正確らしい。
であれば、功子を制御する機能は、まだ活きているか?
『え?』
「だから、射撃をする機能は壊れたようだが、功子を弾丸に加工したり、なんなりと操るちからは健在かと聞いている」
『それは……ええ、使えます。そこは無事です』
「功子を細く出力することも?」
『できます。でも、相手に致命傷を与えるような速度や出力で、功子を投射することはできません。どうするつもりですか、キリク?』
いや、十分だ。
それで十分勝てる。
だから、ヴィーチェ・ル・フェイ。
「私とともに、ちょっとばかし死線をくぐってくれ」
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