第四節 圧倒なりし珪素騎士、逆転の道はいずこ
総身を紫電が疾走。
頭の先からつま先までを、無数の小さな鏡が覆い尽くす。
鏡は世界をそれぞれ反射し、奇怪なステンドグラスを形成。
バラバラに反転をはじめ、裏側に描かれていた真紅を映し出す。
雷電がほとばしり、空間が引き千切られ、真紅のステンドグラスが砕け散り。
そしてこの身は新生した。
軍帽を模した兜、後頭部から伸びる角のようなアンテナ。
竜の頭部をもした右手。
刃を重ねたような放熱フィンの左手。
両足は
左胸から伸びる配管は背後へとつながり、全身から蒸気を噴き出す。
しかして両眼が──
いま、黄金に輝く。
「──へー」
楽しげに、珪素騎士が笑った。
肩口に構えられた槍が、こちらへと穂先を向ける。
『キリク!』
「わかっている!」
二度目の本格運用となれば、流石に悟る。
赤備えは──気功術に似た法則で起動する。
即ち気息を巡らせれば活力が増し、足に気を集中すれば〝
その要領で、噴進式戦闘機のような速度で地を蹴った私は、不規則に左右へと跳躍。
先ほどまでとは比べものにならない速度で、狙いをつけさせぬまま、彼奴の懐に飛び込む!
「やるじゃん、叛逆者! さすが神話に名高き赤き竜!」
「黙って死ね」
迎え撃つことを諦めた珪素騎士は、口笛を吹きながら脚部の車輪を回し後退を選ぶ。
だが!
それよりもわずかに早く!
私の全力の拳が、彼奴の水月に打ち込まれる!
渾身の一打。
人間であれば絶命する一撃は。
……しかし、哀しいほどに、浅い。
超加速で瞬間的に距離を開けられたのだと理解したときには、返しの蹴りを叩き込まれていた。
両腕を交差し防御。
装甲が、酷く軋む。
否応なく、距離が開いた。
一呼吸。
ゆっくりと、構えなおす。
「悪いが俺さぁ、どんな感覚よりも素早く動けるってのが取り柄でね。そのせいで面倒な子守りを任されたりするんだが……さて、どうやって突破するかい、叛逆者ぁ?」
「無論、正面から」
「いいねぇ! けど、ここは俺の間合いだぜッ? すべてを貫く功子槍の冴え、味わってみなぁ!」
「──っ!」
息をのむ。
床の装甲板を食い破りながら、彼奴の両足の車輪が回転。視界から一瞬で消え失せる。
あとにはタイヤの痕跡のみ。
残像すらも存在せず。
反射的に頭上で両腕を交差させれば、重量級の槍の打ち下ろし!
竹か何かでできているのかと言うほどに槍はしなり。
そのまま反転。
鋭利な突きが放たれる。
バグン!
奇異なる技が再び起こった。
尋常ならざる音を立て、槍の穂先が開閉。
アギトとなって私の右腕を噛み切ろうと迫ったのだ。
両足から力を抜き、背後に向かって倒れ伏すことで回避。
さらなる追い打ちを、曲芸的なバク転でなんとか
だが、敵もさるもの攻撃の手を休めない。
穂先が分裂したと錯覚するような、超高速の連撃が繰り出される。
「ほらほらほら! さっきの威勢はどこに行ったんだ、叛逆者ぁ!」
「おのれ……」
捉えようと集中するたび、彼奴の姿は視界から消えてしまう。
高速戦闘こそ、彼奴の真価であることは痛いほど解っていた。
まさに野生の猪のような俊敏性。都会暮らしは勘違いをするが、猪は猪突猛進が全てではない。直進し、直角に曲がるのだ。
それは正しく、人類を越えた機動!
「最速にして絶対貫通の騎士。それが、俺だぜ。捉えきれるかな?」
背後から蹴りつけられ吹き飛ばされる。
衝撃で息が詰まるが、槍の一撃なら死んでいたと幸運に感謝し──唾を吐く。
「……遊ばれているな」
『少しは冷静になった──なりましたか?』
「ああ」
珪素騎士の姿を、視界中の矢印や数値、目印が随時追尾してくれているのだが、いかんせん私の反応が追いつかない。
速い、とにかく速いのだ。
一撃の重さは耐えきれるほどだが、そもそも防御力というのを無視して噛み砕いてくる。
そのたびに、大きく身体の力が削れていく感覚がある。功子の残量も目減りしていく。
このままでは、ジリ貧だ。
『落ち着いたのなら聞いてください。珪素騎士は炭素生命体の上位存在です。珪素は炭素とよく似た物質でありながら、数倍の容量を誇るの。だから遺伝子が三重の情報量で、骨格や筋肉の質が、そもそも人間と違う。神経の反射も、行動の始まりと終わりも規格外なのです』
なるほど。だから、私の反射を超えて動けると。
それで?
まさか、勝てない相手だから諦めろと?
『いいえ。勝てる相手だと言っているのです。なぜなら、珪素騎士は常に無茶をしている』
それは。
『簡潔に言います。珪素は炭素と同じ振る舞いができません。珪素は硬く、炭水化合物を作るような物質としての柔軟性がありません。本来なら珪素基生物など、存在できないのです。ですが、それを可能にするちからがあります』
……それが功子、か!
『イグザクトリー! 廻坐乱主は功子を用いることで、無理矢理珪素に炭素と同じ動きをさせ、珪素騎士を生み出しました。逆に言えば、珪素騎士の体内では常時、功子が循環しているのです。もし、その流れをかき乱すほどの功子をぶつけられれば──』
彼奴を
承知、承知。
「委細承知!」
至近距離での戦闘を続けていた私は、大きく後方へと退く。
珪素騎士が加速態勢に入るよりも早く、右手を突き出す。
装甲を展開、右手の保持完了。
戯画女、功子の最大投射を要請する!
『あ、それは駄目。ダメダメよ、キリク』
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
当然、この隙を見逃すほど敵は甘くはない。音速を超えた彼奴が、必殺の一撃を叩き込む。
「がぁっ!?」
食いちぎられる脇腹。
絶対先鋭の槍が、私の脇腹を、砲弾が直撃したごとく吹き飛ばす。
致命傷……!
間違いなく、これは致命傷で。
「……あァん?」
珪素騎士が、怪訝そうに得物を引き戻す。そのまま、なにかを警戒するように距離をとった。
私自身も、驚愕に足を止めていた。
「な、なにが起きたというのか?」
いままさに、削り飛ばされたはずのはらわたが、無傷で存在していた。
装甲こそ消し飛んでいたが、幼女のつるりとした腹筋が傷一つもなく露出している。
『もー! 落ち度ですよ! 落ち度ポイント百点! キリクったら、戦いながらでもちゃんと話を聞いてくださーい』
「いや、その前にこれは何だ?」
『珪素騎士の低出力な功子作用が、キリクのカミツキ体質に打ち消されただけです。念押しですけど、今回はたまたまソレが起きただけです、次はないですよ?』
──はぁ?
『そんなことより! 功子の最大投射──フォース功流は加減できません。掛け値なくすべての功子を吐き出してしまうので、次のタイミングで確実に行動不能になります』
疑問はいくつも湧いて出て、思考は混乱の極地にあったが。
それでも兵士として積み上げてきた経験が、おのれの職務を果たすという意識付けが、彼女の言葉の重要性を理解する。
ああ、察した。
大技は、外せばそこで終わり。そしてこの敵は。
『当てるには、速度が速すぎます』
だが、現状ではこいつに打ち勝つ手段がほかにない。
いまは疑問を投げ捨てて、一か八か、そのフォース功流に賭けるしかないのでは?
『一か八かなどありません。キリクには、なんとしても生きて、廻坐乱主の居る最下層まで辿り着いて貰わなくては困るのです。ですから』
──より確度の高い作戦を提示します。
と、彼女は言った。
作戦。
このどうしようもない状況で、策があるというのか。
逆転の、策が。
『無論です。だってここには』
視界の中で戯画女の顔が、あのときのようにわずかにブレ、笑みを形作る。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、そうして言った。
『あなたを拡張するための、パーツがあるのですから』
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