第二節 幼女、戦闘中~こんなの数の暴力だ!~

 なにが起きているのか、皆目見当もつかない。

 最前まで顔を真っ赤にしていた私が、いまなど間抜け面をさらしている。

 それほどまでに、事態は怒濤の勢いで進行していた。


『GIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 こちらへ突進してくる奇怪な機械の塊は、明確な敵意を持っているように見受けられた。

 敵意、害意、即ち殺意である。


 反射的に──うまく動かない手足をもつれさせながら──その場から飛び退けば、次の瞬間には自分の洞察力を褒めたくなる。

 寸前まで自分がいた場所を、蜘蛛が放った火砲が吹き飛ばしたからだ。


 え? なんだこれ? すさまじいではないか、これは。

 金属製の床がえぐり取られ、融解している。

 あの威力なら、Ⅳ号重戦車タイガーの装甲もぶち抜けるのでは? 米帝相手に試したいので貸し与えてはもらえないか。


 などとくだらない冗句を考えたのは、少しでも自分を激するため。

 実際の私など、爆風に吹き飛ばされて惨めにゴロゴロと転がっていたにすぎないのだ。


 とはいえ、軽口を叩いたのは無駄ではなかった。

 わずかに取り戻した冷静さを糧に、その場から跳躍。


 次弾が、眼前と背後に着弾した。

 これは夾叉きょうさだ。

 すでに私は散布界の範囲──つまりは弾をばらまかれれば確実に命中して死ぬ範囲にいることになる!

 肉体が金属より頑強などという理屈はあり得ないので、当然食らえばひとたまりもない。


 戦争は終わったはずだというのに、こんな馬鹿げた暴力があってよいものか。

 度し難い、あまりに看過しがたい。始末に負えない。


 この世の不条理に毒づきながら、必死に逃げれば、なんとか物陰へと滑り込むことに成功する。

 そうして、わかる。


 どうやら鋼蜘蛛は、目が悪いらしい。

 自分で爆砕した瓦礫と、私の区別がついていないようで、片っ端から吹き飛ばしている。


 問題は、尋常ではない機動力だ。

 無限軌道を持つ独立した八本の脚部が、瓦礫を縫ってビュンビュン進むのだ。

 見つけ出されるのも、時間の問題だろう。


 わずかな猶予。

 できることは何か?

 先ほどまでがそうだったからという理由で悠長に考え事をしたことを、私はすぐに後悔することになった。


 この世界の摩訶不思議まかふしぎさは、私の想像など遙かに超えていたのである。


 ウィーンと音を立てて、蜘蛛の背中が開く。

 大型の昆虫が羽ばたくような音を立てて、小さな飛翔体が無数に飛び出してきた。


「今度はなんだ──飛蝗バッタ? 否、機械でできた黒鳥であるか!?」


 とても空を飛ぶとは思えない、四角形のそれが十数機。

 ロケット推進……違う。プロペラの音を奏でながら、雲霞のごとく一帯に広がって──そして火花が散った。


 銃火。銃火であった。

 いっそ小気味よい音を立てながらばらまかれる、無数の銃弾!

 重機関砲を百門も相手取っているような勢いで、無限数の銃弾が、この小さな体躯へと降り注ぐ……!


「元の体なら当たっていた!」


 紙一重で火線をかわし、自分の被弾面積が小さくなっていた幸運に感謝しつつ、さらなる遮蔽物へと逃げ延びる。

 幸運、幸運、幸運の連続。

 一瞬前までいた物陰は、あっという間に蜂の巣であった。


 ……やはり、冗談ではない威力だ。

 震電しんでんの機関砲を相手にしていた方が、まだ幾分かましである。


「蜘蛛の次は、蜂の化け物。手を変え品を変え……少しは節操というものを覚えたらどうだ!」


 負け惜しみに吠えてはみるが、状況は無論変わらない。

 蜘蛛は相変わらず瓦礫を爆破しているし、蜂は頭を出した瞬間には火線を集中してくる。

 壁は削り取られる一方で、ジリ貧もここに極まった。


 まさに、万事休すといった有様だ。


「…………」


 殺し屋としての任務上、もとより死は覚悟の上であった。

 だが、斯様かような不条理は想定していない。

 国家万民のために死ぬのであれば本望だが、これではただの犬死にだ。

 しかも、身体は見知らぬ幼女ときている。

 理不尽ここに極まれりだ。


「どうすればいい? 私は、一矢報いることもできないのか?」


 目前に迫る蜘蛛が、あの巨大な砲塔をこちらに向ける。瓦礫の掃討が終わったのだ。

 判断に要する時間は、もはや一毫いちごうも存在しなかった。


「……っ!」


 はじかれたように物陰から飛び出し、乱れきっていた気息を調整。

 ダダダダダダッ!! と背後から迫る死神の銃弾を強制的に意識の外へと追い出し、恐怖を一時的に克服。

 丹田たんでんを回し、気息を巡らせ、つま先から髪の毛の一本一本まで気力を行き渡らせる。

 肉薄。


「ちぃぃえりゃああああああああああああ!!」


 渾身の発勁はっけいを、蜘蛛の化け物の前脚へと、叩き込む!

 鉄板三枚を貫く拳!

 結果は!


 ──メギリ!


 響いたのは、痛ましい音だった。

 一矢報いるために鋼鉄へと叩き込まれた幼女の拳は、当然の論理的帰結として、粉微塵に骨折したのだ。


「つぁっ!」


 ──だが、諦めない。

 命を手放すには、まだ早い。早すぎる。

 胴回し蹴りの要領で、さらに蜘蛛へと追撃。足をぶち当てた反動を利用して、転がりながらその場から急速離脱する。

 脳裏をよぎるのは、上官殿が伝えてくださった陛下の御言葉。

 それだけを頼りに、私は必至の反抗を続け──


 しかし、そこまでだった。


「無念……まっこと、無念であるッ」


 追い詰められ、ギリリと奥歯をかみしめる。

 痛みよりも、気功術が使えないことへの憎悪のほうが激しかった。


 生まれついての才覚と、練り上げ鍛え上げた肉体があってこそ気功術は成立する。こんな幼女の身体では、とうてい再現しうるものではない。

 理不尽……否、道理なのだ。

 猫噛む窮鼠も、鋼には歯が立たない。


 けれども、この状況を生み出したのは自分ではない。

 生み出したのは、理不尽の権化である!


「おのれ……廻坐、乱主ッ」


 周囲を蜂の化け物に包囲されながら、それでも私は怨嗟を吠える。幼女にされたことへの怒りで、頭が沸騰する。


 前方からは、地響きとともに蜘蛛の化け物が、わざとらしくゆっくりと歩んでくる。

 打つ手はない。

 ならば、座して死を待つだけか?


「否」


 このまま死ぬのか?


「否」


 これで、いいというのだろうか?


「断じて、否だ!」


 私には、殺さなければならないものがいる。

 殺さなければ確実に世を乱す、大日本帝国の仇敵たる魔人がいる。


「廻坐乱主!」


 あれは日ノ本の病巣だ。あんなものが巣くっていれば、いずれ国が亡びるは必定。なにもかもが食い物にされるのが当然。

 ヒトを廃滅する悪魔とは、ああいうものだろう。


 であれば、必ず殺さなければならない。

 こんな訳のわからないところで、野垂れ死んでいる場合ではない!


 死ねない。死ぬわけにはいかない。

 なぜなら、陛下は私にこう言ったのだから。

 〝生きろ〟。

 〝生きて勅を果たせ〟と!


「ゆえに私は、まだ死ぬわけにはいかぬのだッ!」


 死力とともに己を奮い立たせ、一斉に銃火を放つ機械蜂へと吶喊しようとした。

 その時だった──


『あい、あすく、ゆー──答えてください、あなたが、廻坐乱主に抗うものだというのなら』


 突如、世界が制止した。

 全てものから色彩が奪われ、銃弾が螺旋の軌跡を描いて停止する。


 私の身体も動きを止め、そして脳髄へ、誰かの声が直接響き渡った。


『答えて。あなたは、なに?』

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