第三節 放て──必殺の功子最大投射!

『答えて。あなたは、なに?』


 無機質で冷たい声が。

 差し伸べられた手のような声音が、静止したときの中で響く。


 なんだ、これは。

 幻聴か。

 今際の際にみるという、走馬灯の類いか?


『お願いです、答えて──あなたはヒト? それとも、神になりたい?』

「私は」


 問いかけには、ほとんど反射的に。

 ほとんど、本能的に。

 私は叫び、答えていた。


「私は人間だ! 偽神キセキを憎み、理不尽キセキを殺すッ、ただの──人間だあああああ!!」


 刹那、世界が赤色の光に包まれた。


『──承認。彼方へのアテンダントを、開始します』


 同時に、全身が燃えるような熱を帯びる。

 細胞が沸き立つ。

 身体構成要素の一片一片、否、もっと小さな原子の単位までもから、急速に何か、酷く重要な代物が絞り出されていくのを知覚する。


 体内から膨大な質量が溢れ出し、肉体を変成し、世界にまで届き──


 かくて、〝とき〟が動き出す。


 無数の蜂による銃撃、蜘蛛の砲撃が、容赦なく炸裂し一帯を吹き飛ばす。


『GI GIGIGI?』


 舞い上がる爆炎、砕け散る全て。

 斉射が中断。

 蜂の一機が、効果を確認するため着弾地点へと接近し──


功子フォース・転換アクチュエーター装甲・ジャケット作用開始アクティヴ


『GI!?』


 ヒュバッと音を立て、爆煙のなかから突き出されたが、蜂を捕まえ、噛み砕く。


 内側からあふれ出した爆風が、炎となって吹き荒れ。

 それが、黒煙を吹き飛ばす。

 さらにもう一度、炎の波濤。


 大気を滅却し現れたのは、陽炎かげろうの化身。

 赤色の鋼を纏った異形だった。


「────」


 一分の隙もない装甲は、全て艶のない赤。

 なめらかとは言い難い、荒々しい削り出しの鎧。


 左腕の手甲は、分厚い書物を重ねたような積層装甲。常時熱を吐き出す放熱フィン。

 踵からは動きを阻害しないよう斜めに、槍のような突起が生えている。


 腰はえぐれるほどにくびれており。

 胸では勾玉型の発光体が、燦然たる蒼輝そうきを放つ。


 頭部は軍帽のようなフォルムを取り、角のようなアンテナが突き出している。

 ヘルメットから漏れ出た赤き長髪が輝き、悠然と硝煙のなかに泳ぐ。

 顔はすっきりとした印象の防毒面が覆うが、目だけが黄金色の殺意を湛える。


 両眼と胸の勾玉の発光にあわせ、総身の縁取りが、金と緑の燐光を放った。

 身体を覆う装甲は左右非対称で、右胸から脇腹にかけては、背面へとつながる配管が鈍色を呈している。


 なにより特徴的だったのは右手だ。

 そこには竜の頭部を模した装甲が生じており、蜂の化け物を噛み砕いたのは、まさにそのアギトだったのだ。


「これは……」


 突き出した自分の右手を見つめながら、私は呆然とつぶやいた。

 そう、私が。

 有木希戮こそが、この鎧を纏ったものの正体だったのだ。


フォースFアクチュエーターAジャケットJ──正常に起動しました』

「貴様は何者だ? なぜ、私の〝目の中〟にいる?」


 喫驚に叫ぶ。

 なぜなら視界の右端に、奇妙に戯画化された女が居座っていたからだ。

 二頭身ほどの──の漫画に出てくるような、羽のある小人。


 蒼みのかかった銀髪に、耳の部分を覆うアンテナのような機械。猫の耳にも似ているそれは赤く。

 羽は虫や鳥のそれではなく、飛行機のものに近く、透明。

 おまけに臀部からは細いワイヤーのような尻尾が生えており、ピコピコと揺れている。


 そんなものが、自分の目の中にいて、おまけに話しかけてくるのである。

 正気を疑うだろう、こんなものは。


「なんだこれ? なんぞこれは?」

『取り乱さないで。投げやりにならないで。いいから、しっかり反対側も見てください。数字が見えますか?』

「むちゃくちゃばかり言うなよ、貴様?」

『戸惑っている暇はないのです。功子残量は四十二。残存功子を、最大投射しますか?』

「人の話を聞けぃ! なんだ? 孔子? 大陸の儒教哲学者の話がどうしていま──」

知識の定着インプットに不具合があるのですね……廻坐乱主の差し向けた、ドローン群による第二波攻勢まで残り十五セコンドと予測。多脚戦車による実力行使、来ます。多くの拡張機能の不全を再確認。状況打開のためには、功子の最大投射が有効と認めます。以上が結論なので、承認を求めているのですが?』


 いるのですが?

 ではない。

 なんで貴様が居丈高いたけだかで、私が理解のない子どものような扱いなのだ。慇懃無礼にもほどがあろうよ。


『子ども扱いも何も、キリク。あなたの見た目は間違いなく子どもです』


 鼻持ちならんなぁ、こいつ!


 あーもう! わからん! 何を言われているのか、さっぱりわからん!

 だのだの、皆目見当もつかん。


 何もかもわからんが。

 わからんなりに、ひとつだけ、はっきりしていることがある。


? 

『……?』

「廻坐乱主が、居るのだな!」

『──肯定です、キリク。敵機を操るは、廻坐乱主に他なりません』


 そうか。

 やはり居るのか、廻坐乱主ッ。


「ならば!」


 もはや、迷うまでもない。

 これが彼奴の、軍勢であるというのなら!


「やれ。やってしまえ! なにがどうなるかわからんが、全て吹き飛ばしてしまえ!」

『オーダーを了解。右腕部竜頭装甲ペンドラゴン・バレル──展開します』


 音を立て、竜の頭を模した右手の装甲が開く。

 装甲の隙間からは光があふれ、紫電を散らす。


『左腕による軸固定、よし。脚部身外接地装置アウトリガー固定、よし。功子転換炉リアクター、最大出力──右腕チャンバー内圧、急速上昇』


 脳裏で何者かが読み上げるまま、左手が勝手に動き、右手を関節部で固定。

 両の踵から、固定装置あうとりがーが射出。

 鋼鉄の床に杭をめり込ませ、強引に体勢を堅持する。


 同時に視界──否、脳内で無数の数値と見慣れない言語、そして相関図形が乱舞し。

 展開された右手が溶け落ちる寸前まで赤熱。

 脳裏をく焦熱が、装甲の内部で荒れ狂って、超高密度の荷電粒子を発生させる。

 紫電が渦を巻きながら、その瞬間を待つ。


『GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI』


 何かを察したように、一斉に躍りかかる多脚戦車とドローンの群れ。

 しかし、それは。

 あと一歩のところで。


 ──間に合わなかった。


『照準をこちらに、トリガーもこちらに。限定リミッター装置・オール・全解除リリース──功子、最大投射します』


 無機質な女の声は、冷酷な死刑の宣告だった。

 胸の勾玉が蒼然ときらめき、総身から力がほとばしる!


「────」


 静謐なる轟音。

 それは、光輝であった。

 ヒロシマ、ナガサキ……いつか見た光景に、あるいは近似していたかも知れない。

 けれでも結局は、光輝としか言い様がなく。

 ゆえに私は、それを光と呼んだのだ。


 すべてをねじ切るような爆音を奏で、極太の光が右手から投射される。

 光は渦を巻き、金色の槍となって多脚戦車の胴体を粉砕!

 余波だけで、ドローンのすべてを破壊せしめる。


 さらには一帯を閉ざしていた壁を貫通し。駆逐艦が丸ごと一隻通れるような、巨大な穴を掘削する。

 空間にバリバリと電流が走り、積み木細工のように時空が乱れる。

 そんななか。


「────」


 私はその場に、崩れ落ちた。

 真紅の装甲の至る部分が開き、猛烈な勢いで蒸気が排出される。

 やがて装甲は、粒子となって消え失せた。

 残ったのはひどい虚脱感と、


 ……ぐぅー。


 尋常ではない、空腹感。


『まあまあ、だらしのない腹の虫ですね。これは落ち度ポイント三十点。ところで、また眠るのですか、キリク?』


 無機質なくせに異様に腹が立つ物言いをする戯画の女。

 過労から意識が明滅する中。

 私は彼女に、あまりに無意味な質問をしていた。


「貴様はなんだ? ここは、どこなのだ……?」


 果たして戯画は。

 西洋の淑女がそうするように、服の裾を持ち上げお辞儀をしながら、こう答えた。


『あたしはヴィーチェ。セントラルドグマ直結型概念継承知性体──ヴィーチェ・ル・フェイ。ここ、世界の最果てたるアーヴ・ロウンから』


 あなたを廻坐乱主の元に導く、魔女である──と。

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