第四節 バイオマス燃料の酒宴
それはさながら、縁日のような賑わいだった。
この区画の中央には、祭殿がある。
普段は女王が降臨するもので、形状は中央に穴が開いた
あちこちから蒸気を噴き出すピラミッドを中心に、いくつもの光がともっていた。
提灯のような光を、彼らはケミカルライトと呼んだ。
セクタ全域を覆う天幕。
そこに満たされている液体が、酸素と反応すると、このように蛍光色の発光をみせるのだという。
住民たちは、見かけ通りに勤勉だった。
撃破した無数の多脚戦車やドローンの類いが、次々にピラミッド前の広場に集められ、彼らのマニピュレーターで解体されていく。
カニの殻を剥くように取り出された人工筋肉は、私の前に運ばれてきた。
と言うのも、おそまつな一悶着があったからである。
「あれを、生で食べると。そう言ったか、珪素騎士!」
「ひぃいいいい、ごめんなさあああい!」
「責めているのではないが! 正気かと、問うているのだ……!」
「それはこの場合、同じ意味よキリク……」
頭を抱えて悲鳴を上げる巨人騎士と、あきれ顔の魔女。
ヴィーチェが「あたしが言うのもなんだけど」と、たりない言葉を補ってくれる。
「機械油くさくて、食べられないでしょ、あれ」
「それを私に喰わせたのは貴様だが」
「ヴィーチェになにか落ち度でも!? 生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから仕方ないでしょ!?」
まあ、そうなのだが。
「そもそもぉ。このセクタの住人たちにぃ、肉を食うという習慣がないんだからさああああ。というか、普通ぼくに聞く? 常識じゃないのかい?」
言い訳がましく弁解する珪素騎士。
……たしかに。
これまで食事をすることが当然だと考えてきたが、それは肉体あっての話。
この区画の住人たちは機械化しているのだから、食事が必要ではないのかも知れない。
「では、彼らはなにを口にするのだ?」
「これさ」
私の問いかけに、珪素騎士は小さな瓶を取り出して見せた。
彼の巨体と比較して、ではない。
実際に、小さな瓶だった。
ヴィーチェに顔を向けると、彼女はあっけらかんと、
「バイオメタアルコールね」
と、言った。
「メタノールか? エタノールか?」
「メタアルコールよ」
「どっちだ?」
「あなたの記憶にないものよ。弩級構造体の、この区画でしか生成されない超高倍率燃料」
ようするに、周囲に無数に生えている機械樹木が作り出す燃料が、そのメタアルコールといやつらしい。
「それを……ああ、ちょうどあんな風に摂取するんだよぉお」
珪素騎士が指差す方向を見ると、ふたりの住人がいた。
動きのぎこちないほうの住人がしゃがみ、もうひとりがしゃがんだ住人の原動機のキャップを開ける。そして、原動機に、ビンの中身を流し込む。
するとメタアルコールを補給された住民は、ブルンと原動機を一噴きさせ、労働に戻っていくのだった。
本当に、コレが食事の変わりらしい。
「しかし、女王は私たちを宴に招いてくれた」
「飯も食わないのにってだろう? 当然の疑問だと思うよおお。でも、こう考えたらどうかなぁ?」
彼は、自分を指差しながら、笑った。
「ぼくという大食らいが現れてから、そんな習慣が出来たんだとぉおお」
「……なるほど」
漠然と納得していると、ヴィーチェが手を上げた。
質問らしい。
「それで? 珪素騎士のアンタは、ふつうに人工筋肉を食べるわけでしょ?」
「まあねぇ」
「ぶっちゃけ味についてはどう思ってるのよ?」
「……ふ、ふ、ふ、ふが三つぅ」
「やだ……気持ち悪いこの大男……」
「ひどっ!? その言い方はひどくなぁい!? あんまりだよぉおおおおお」
漫才はいいから。
含み笑いの理由を教えてくれ。
「うわぁ、きみたちはおっかないなぁあ……機械樹といっても、すべての廃液や糖類を吸い上げることが出来る訳じゃなくてねぇええ。ときどき精製しきれなかった老廃物──廃糖蜜が、うろの中にたまることがあるんだなぁ。これが本当に時たま、自然に発酵することがあってええ」
「だから、何を言いたいのよ?」
「……あのねぇ、世の中にはさあ、臭みが強いほうがアテになるものもあるわけなんだよねぇええ」
もったいつけたように彼はそう言って。
ゆっくりと、メタアルコールの入った瓶とは違う瓶を取り出し、揺すってみせた。
透明な、ほんの少し粘性のある液体。
私は数秒悩んだが。
「まさか」
ハッと気がついて、叫んだ。
「そのアルコール、飲めるというのか!?」
§§
というわけで、いまに至る。
原初の酒と言われる猿酒と同じ理屈で、自然発酵したお酒が、このセクタではごくまれに産出されるというのだ。
巨蟲猟師の村で厄介になるまで料理を知らなかった私とて、酒が臭み抜きに使われることぐらいは知っている。
それで、料理が出来る旨を巨大騎士に告げたところ、是非腕をふるって欲しいと懇願され、泣きつかれた。
酒が好きなだけで、料理自体には不満を募らせていたらしい。
さらに女王からも、リトーのためにと頼まれたため、否とは言えず料理番を買って出る羽目に陥った。
と、だいたいそういうわけである。
どんどん目の前に並べられる食材(といっていいのか?)に、途方に暮れていると、にまにま笑いのヴィーチェが近づいてきた。
「ねえ、いまどんな気持ち? どんな気持ち?」
「悪くはない」
「はにゃ? これは意外な答えだわ」
目を丸くする彼女に、私も苦笑を返す。
「男子厨房に立たず。しかし、いまの私は幼女だと言ったのは、貴様ではないか。それに、誰かのために料理を作るというのは」
存外に気分が悪いものではないと、口の中だけでつぶやく。
脳裏をよぎるのは、いかんともしがたい別離の光景。
私の作った麺類を、美味しそうに頬張ってくれた巫女殿の姿だ。
「……じー」
「睨むな」
「あたし以外の女のことを考えている顔だわ」
「私とて物思いぐらいはする。さて、いい加減料理を始めるべきだろう。手伝うか?」
「ジョーダンきついわ」
じゃあ、離れていろと私は告げて、食材たちと向き合うことにした。
並んでいるのは、極めつけのゲテモノばかりだった。
多脚戦車の人工筋肉を筆頭に、セミ型偵察機にトンボ型ドローン、六輪車の自走砲……。
はっきり言って、可食部がないのではないかと頭を抱えるような代物ばかり。
とにかく、手探りで調べていくしかない。
まずは人工筋肉を適当なサイズに切り、
すぐにゆらゆらと煙のように、機械油が立ち上り始める。
浸透圧の関係なのだろうが、すさまじい光景だ。
この間に、ドローンを捌いていく。
ドローンの外殻は、どうやら蟲のそれを応用しているらしく、開いてみると羽を動かす部位がモーターではなく筋肉をそのまま使っていた。
羽ごとむしり取り、高温のスチームで空揚げに。
自走砲の可食部など存在しないと思われたが、センサによるとタイヤが生分解性の素材らしい。
小麦粉……ではないが、乾パンのように硬く焼いたものに近いようだ。
それをスライスし、中和した冷却液で茹でていく。
味付けはバグソースとドローンの装甲の出汁を合わせたものだ。
臭みがおおよそ抜けたらしい人工筋肉を適当な大きさに切り、表面のアルコールをよく拭う。
これを串刺しにし、住民が起こしてくれた火にかけて、じっくり炙り焼きにしていく。
ときどき重廃油とバグソースを混ぜ合わせた燻製醤油を表面に塗って、パリッと焼けたら完成だ。
「というわけで、次のようなメニューになった」
ドローンの羽根つき空揚げ。
六輪自走砲の
そして、人工筋肉の丸焼き~燻製醤油風味~。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
「OOOOOOOOWOWOWO! 凄! 感激!」
数だけはべらぼうなそれを並べると、珪素騎士と住民たちが歓声を上げた。
どうやら、美味しそうに見えたらしい。
覚えがある、食べられなくとも料理というのは、並ぶだけで気分が高揚するものなのだ。
「デハ、コレヨリ宴ヲ始メマス。皆、メタアルコールヲ、手二取ッテ」
女王に指示されるまま、私たちはグラスを手に取り。
「乾杯!」
そして、高らかに杯を掲げて、打ち鳴らしたのだった。
この世界にきておそらく初めての。
こんなにもたくさんの人々と食卓を囲む酒盛りが、そうして幕を開けた。
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