第五節 廃糖蜜のお酒を、いつか

「ちょっとちょっと、これはいくら何でも美味しすぎでしょおおお。イノシン酸が口の中でエクスプロージョン! ジョン! だよぉおお」

タトエガ馬鹿ナノハ許シテヤッテ欲シイ。妾ハノ騎士、馬鹿ナノデ」

「女王が馬鹿って言ったァあああ!? あんまりだぁああああああああああ」


 人工筋肉の串焼きを食べて、大はしゃぎする珪素騎士と。

 そして、それを本当に幸せそうに眺めている女王。


 巨人騎士の周囲は、住民たちでいっぱいだった。

 ものを食べない彼らは、だれもがアルコールを酌み交わし、巨躯を誇る騎士と戯れる。


「PPPPPPPPP! 登攀とうはん!」

「おー? ぼくに乗りたいのかぁあ? いいよぉお、身体が大きいのだけが取り柄だから、お山さんごっこしようずぇええ」

「Pi! PPPPP! 山乗!」

「お、おおお、おおおおお!? 順番、順番が大事じゃないのこれぇえええ!?」


 わらわらと巨人騎士にたかる小さな住民──恐らく子ども──たち。

 我先にと騎士の巨躯によじ登っていく。

 見守る大人たちの電光板も、柔和な曲線を描き、笑顔であるように見える。


 そのうち、別のごっこ遊びが始まった。

 珪素騎士を敵に見立てて、子どもたちが戦いのまねごとを始めたのだ。

 彼ははじめこそ困惑していたが、架空の弾体加速装置で撃たれるたび「ぐわー!」とか「やられたー!」とか「女王ぉおおおお、たすけてええええええ」と律儀に付き合っていた。


「いえ、最後のは割と、マジ悲鳴なんじゃないの……?」


 隣にやってきたヴィーチェが、私にさかずきを渡してくれる。


「まだ呑んでないんでしょ?」

「ああ。だが後片付けが」

「なによぉー? あたしのお酌じゃ不満ってわけ?」


 拗ねたように目を細める彼女。

 どうしてだかそういう所作が、やけに彼女には似合っていて。


「そういうわけでは、ない。うむ、ない」

「だったら呑みなさいよ。さあさ、今宵は一献、今宵は一献!」


 パチリとウインクをされ、そう続けられれば断ることなど出来はしない。

 私は苦笑とともに盃を突き出した。


 とく、とくとくとく……心地よい水音を立てて瓶から注がれる薄い琥珀色の液体。

 スッと口元まで持ち上げれば、はなやかな薫りが開く。

 くいっと飲み干せば、瓜のような薫りと甘み、キレのある旨みが、喉の奥を焼いていった。


「くっぅぅぅぅ、はぁっ! ああ、これは旨い」


 甘露というのなら、これこそ甘露だろう。

 我が国の銘酒に、一歩として劣るところのない、素晴らしいアルコールだ。

 ゼロに近かった功子残量も、驚くべきことに八割方回復した。

 構造体全体の電力をまかなうほどの、効率のよい燃料だからだろうか?


「ヴィーチェも、どうだ?」

「あら、あたしなんかにも返杯してくれるってわけ?」

「私は不器用だが、貴様に感謝をしているのだ。どうか返杯を受けて欲しい」

「……そう言われちゃうとねー」


 彼女は気恥ずかしそうに、しかししまりのない表情を見せて盃を取り出す。

 私の一献を受け、ヴィーチェは一息に飲み干した。

 見事な飲みっぷりだった。

 口の端からこぼれた酒が、白く細い喉を伝う。ぞくりと──そっくびを噛み千切りたいという情動が脳裏をかすめ、慌ててかぶりを振った。


「お、やってるなあああ」


 そのうち、子どもたちから解放されたらしい巨人騎士が、肉を囓りながら姿を現した。


「ちょうどいいところにきたな、珪素騎士」

「そろそろ名前で呼んでくれたりしない? しないよねえええええ」

「貴様の戦い方に、少し疑問を覚えた」


 ふざけた物言いを無視して、疑義を放つ。

 私の言葉を聞くなり、彼の表情がわずかに変わる。


「……功子の活用の話だねぇええ? ちょっと、あっちにいこうかああ」

「あ、じゃあ、またあとでね、キリク。あたしは……女王と話があるから」


 空気を読んだように中座するヴィーチェ。

 私は促されるまま、ピラミッドから少し離れた位置まで、珪素騎士とともに移動する。


「ここならぁ、いいかなぁ」


 ドスンと地響きを立てて、彼が腰掛ける。


「早速だが、質問させてくれ」

「構わないよぉ。きみらにはたっぷり働いて貰ったしねぇえええ」

「私は、貴様の戦い方が不思議だと思った」

「それを言うのならねぇえ、叛逆者ぁ。ぼくのほうが、きみの戦い方を不思議だと感じているよぉ?」


 なに?


「だって、そうだろう」


 ぐいっとどんぶりのような杯を飲み干し、巨人騎士は真剣な目つきでいう。


「功子転換というのは、功子運用の秘奥中の秘奥だよぉお。万物に作用する力を完全展開しておいて、それでやるのが身を守る鎧を作ることって言うのは……その、なんだろうねぇえ……核融合炉でお茶を沸かしているだけというか……? って感じかなぁあ」

「…………」


 熟練の珪素騎士の言葉を聞いて、私は考える。

 想起するのは、これまで戦った珪素騎士のこと。そして、巫女殿のことだ。


 曰く最強、黒焔の珪素騎士キャスパ・ラミデスは、全能を費やすことであらゆるものを焼却する術理を獲得していた。


 一方で巫女殿は、あらゆるものを分解し・分析することに特化した功子の運用を行っていた。

 いずれも、功子転換のキーワードとともに、私では及びもつかないような超常のわざを奮うのが彼女たちだ。


 私に出来るのは、鎧の形成と変化。

 そして、全放出ぐらいのもの。


「それは、きみが渇望に目覚めていないからだねぇええ」

「渇望?」

「珪素騎士、巫女、そしてカイザーの用いる功子転換は、おのれの根源をあらわにするものなんだなぁ。『ふれるものすべてが汚らしい、だから燃やし尽くしたい、思い通りに使役したい』。『未知なるものすべてが愛おしい、だからその匂いを嗅いで、もっと知りたい』。自己を定義する根源が、渇望となって表層に浮かぶとき、功子転換は最大の力を発揮するわけだぬうう」


 自己の根源。

 なにを願い、何から始まったか、ということだろうか?


「そうそう。でなぁ、五色五感の渇望を持つものはぁああ、特に超越的な力を発揮する。求める心に功子が反応して世界に大きく作用するから、いのちに直結する五感は特に強いわけだぁ。たとえば巫女、あれは」


 嗅覚の渇望を持っていたと、そういうわけか。


「そうそう。あの恐ろしい魔女だったら、繋ぎ止め、抱擁することを望むだろうしねぇ。もっとも、あんな端末じゃ本来の功子の運用なんてできないだろうけれどねぇぇ」


 なるほど、ヴィーチェもまた渇望を持つと。

 しかし、であればこの巨人もまた、渇望とやらを持つのだろうか?

 珪素騎士はすべて、それほどまでの超絶的な戦闘力を有しているのか。


「んああ? まあ、珪素騎士である以上、設計コンセプトとして渇望は持っているよねぇええ。でも、功子転換まで昇華できたのは一握り。それこそキャスとかの上位騎士だけだしぃいい。それでさえ〝〟功子転換だよぉ。そのうえで……ぼくの渇望は、ひとに語れたものじゃあないなぁ。とても醜悪な渇望なんだぁ」


 だれにも言えない渇望。

 それは、欲望というものではないのだろうか?

 あるいは、おぞましい願いと。


「珪素騎士。私に、そのあたりをもう少し詳しく──おっと」


 言いかけて、口をつぐむ。

 小柄な住民たちが、リトーに駆け寄ってきたからだ。

 ……そうして、言わなくてよかったと悟る。どうやら久しぶりの酒で、判断力が低下していたらしい。


「PPPPPPP! 此方! 此方!」

「おっっほ!? そこは掴んじゃだめぇええ……って、なんだきみらかぁあ? えええ? また遊んで欲しい? あー、でもいまぼく、ちょっち大事な話してて」


 チラリと私を見る彼。

 私は頷くが、彼は首を振った。


「あとでなぁ、たああっぷり遊んでやるから、あっちに行ってるといいぞぉおお」

「PPP……」

「うーん──どっこいしょおおお!」

「PPPPPPPPPPWAAAAAAA!!!! 嬉々! 嬉々!」


 珪素騎士は子どもたちを抱き上げると、そのまま頭上高くに持ち上げて見せた。

 そのまま、ぶんぶんと振り回す。

 だった。


 おおはしゃぎする子どもたち。

 笑顔で彼らを、ピラミッドまで送り届ける珪素騎士は、しばし祭りの場所を盛り上げ。大人たちも、子どもたちも、彼の登場に歓声を上げた。


 私は、ちびりちびりとお酒を嗜みながら、それを見ていて。

 こんなにも楽しい酒席はないと、顔をほころばせて。


「貴様は、ほんとうにこのセクタの守護者ヒーローなのだな」


 素直に、そんな賞賛を贈っていた。


「ぼくには荷が勝ちすぎる称号だなぁぁ」


 戻ってきた彼はそう言うが、そんなことはないだろう。

 こんなにも人気者で。

 そして、廻坐乱主という脅威から人々を守る戦士には、相応しい称号だと、私は思った。

 思ってそのまま伝えれば、彼は苦笑し。

 そして、酷く真剣な表情になって。


「なあ、叛逆者。きみは、ぼくを戦友と呼んでくれるかい? リトーと呼んでくれるかいいい?」

「……ああ。リトーと。いまこの瞬間から、貴様を呼ぼう」

「だったら、ふたつだけ頼みがあるんだ。ひとつは、いつかまた、こうやってお酒を酌み交わしたいねっていう」

「心得た」

「……じゃあ、ふたつめだ」


 彼は。

 リトーは。

 いつもは周囲に響き渡る声を、極限まで小さく絞って。


「もしも」


 私の耳元で、こう願った。


「もしもぼくが女王を傷つけたのなら──そのときはきみの手で、殺してほしい」

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