第三節 第一次愛の巣防衛戦
つまりは、こういうことらしかった。
この区画は、ディス領域のエネルギー事情を一手に担っている。
女王はその管理を行う役目を帯びており。
これまではそれを盾にとって、曲がりなりにも自治権を確保してきたらしい。
けれども、女王とリトーが出会ったことで、大きく話が変わってしまったのだという。
「ぼくがねぇええ、女王とねぇええ、顔を合わせたのは、もぉおー、ずいぶん前なんだけどねぇえ。数えるのも馬鹿らしいぐらい前でさあああ。結果として仲良くなっちゃったもんだから、神様の軍勢も苦労をしてねぇえええ」
警報音の鳴り響く森の中を、足早に横断しながら。
一歩踏み出すたびに地響きの鳴るリトーが、照れくさそうに笑う。
彼の顔を見上げ、首を傾げる。
……珪素騎士らしからぬ、感情の発露が見て取れた。
「ああぁ? 森の機械樹に興味があったりぃい? あれはねぇ、空気中の二酸化炭素とぉ、構造体から吸い上げた廃液を樹木が取り来んでぇ、ナノサイズの銅と炭素と窒素の突起で出来てる維管束で循環させたところに、葉っぱで作った電圧をかけると……二酸化炭素の燃焼過程が逆転するんだなぁあ」
その結果光合成が起こり、糖分が合成され、さらに加工が進むと枝の先からアルコールとなってしみ出す。
染み出したものが袋状の組織の中にたまったものが、あの果実なのだという。
付属していた懐中時計は、収穫の時を告げる機械仕掛けらしい。
……いや、ふつうに理解できない。
「キリク、あたしの試算だと果実一つでアーヴ・ロウンの全電力を数ヶ月間まかなえるほどの燃料が期待できるわ。それが、数万個ともなれば」
こちらはわかった。
なるほど、廻坐乱主も無視できない規模と言うことか。
……けれど、それは本題ではないだろう。
この珪素騎士と女王が出会うまでは、交易が成り立っていた訳なのだから。
「なぜ、珪素騎士であるおまえは、廻坐乱主に敵対したのだ?」
私の問いかけに、やはりリトーは、照れくさそうに答えた。
「ぼくはぁね、恋をしたんだよねぇええええ。だって、見たでしょおおお? 僕の女王は、あんなにも美人で、かわいっこくてぇええ」
「それで、神を裏切ったのね?」
「……まあねぇ。その結果がああ、女王とこの区画全土を巻き込んだカイザーとの戦いになっちゃったわけだけどもさぁ。まあ、道ならぬとはいえお目こぼしぐらいはもらえると、思ってたんだけどねぇええ」
それでも後悔はしていないのだと、リトーは笑う。
とにかくよく泣き、よく笑う珪素騎士だと思った。珪素騎士らしくないと。
「さぁて、昔話はここまでにしようよおおおおお。だって、目的地に着いたしさあああああ」
笑顔だったリトーの表情が、恐怖に曇るのが見えた。やはり百面相だ。
ほとんど同時に、センサー系が接敵を確認。
隣を見れば、ヴィーチェも頷き、臨戦態勢に入っている。
森の切れ目、セクタの下層へと続く断崖から。
無数のなにかが、這い上がって姿を現す。
まるで、湧き水が染み出すように。
新型と思わしき多脚戦車。
四足歩行型の、
そして、千に届くかというドローンの大軍勢。
敵軍は瞬く間に展開し、私たちを半包囲した。
「さっきは攻撃しようとして、悪かったねええええ。でもぉお、これからは共闘することになるわけだしねぇえ。まさか魔女とくつわを並べるなんて、思いもしなかったけれどもおおお」
「なによ。あたしに恨みでも?」
「魔女を恨んでいない珪素騎士なんていないと、ぼくぁ思うけどなぁ……まあ、でもおかげで、女王と出逢えたわけだし、結果オーライさぁああ」
なんとも現金な騎士だ。
けれど、その思い切りは嫌いではない。
「ぼくだって赤き竜を嫌いとは言わないさぁああ。なあ、頑張ってくれよぉ、叛逆者さん? こいつらを撃退してくれたら……たっぷり名物を御馳走しちゃうからねええええ」
「二言はないな、珪素騎士リトー!」
「約束ぐらい守るよぉおお!? どれだけ信用がないのさぁあああああ!?」
珪素騎士に信用など置けるわけもなく。
ともすれば背後から撃たれることすら考慮に入れた上で。
私は、残りわずかな功子を総動員し、装甲を身に纏うのだった。
「功子転換──戦鬼転生!」
§§
「いやああああああああああああああ!? たすけてぇえええええええ、勝てるわけないよぉおおおおおおおおおおお!?」
「出してぇええ、ここから逃げ出させてえええええええええええ! え? それはできない? そんなああああああああああああああああああ」
「おびゃあああああああ!? こんなたくさんの敵、勝てるわけナアアアアアアああア」
……終始。
本当に終始、リトーは情けなく、やかましく、汚い高音でわめき立て続けていたが。
その巨体は、なによりも敵の注意を引きつける役に立っていた。
そのまま戦場を縦横無尽に逃げ惑うのだ。
廻坐の軍にしてみればたまったものではないだろう。
また、戦車が住民たちのもとに向かおうとすれば、彼は目敏く……泣きながらではあったが、それを蹴散らした。
森に被害が及びそうになれば、その身を盾に変えて守った。
結論だけいえば、私とヴィーチェは統率を失った敵軍を、散発的に打ち落とすだけでよかった。
態度姿勢とは裏腹に、リトーは大戦果をあげたのである。
絶対的な硬度を誇る盾。
それが、リトー・ゴーヴァンという珪素騎士だった。
「サスガ妾ノ珪素騎士! 妾ノ、太陽! 賞賛二値シマス。愛スルニ足ル木偶人形デス」
「いやぁああ、それほどでも……うん? ひょっとしてバカにされてるかなぁ?」
「シテイマセン。デハ、コノ勝利ヲ祝賀シテ、宴ヲ開キマス。赤キ竜サマモ、ドウゾ御約束ノ通リ、御参加クダサイ」
……その、だな。
「最前から、気になってはいたのだが」
「ナンデショウカ、赤キ竜サマ?」
それだ。
「赤き竜とは、なんであるのだ?」
私と赤備えの鎧を示す言葉だろうとは思うのだが、どうしてそう呼ばれるのかわからない。
素直に訊ねれば、ヴィーチェは露骨に顔をしかめ。
女王は、それを少し楽しそうに眺めながら、こう言った。
「コノ世ノ始マリト終ワリ、創世ト黙示録ノ刻限二、神ノ分霊タル白キ竜ト赤キ竜ガ互イヲ喰ライ合ウ……トイウ伝承ガ、アルノデス。デスカラ、赤キ竜ハ、神二抗ウモノノ象徴デ──」
「その辺にしておいて頂戴、女王。でないと、あたしは魔女の本領を発揮するわよ?」
「──ハイ! デハデハ、宴ヲ始メマショウ! イマハ、祝賀ノ時ナノデス!」
……露骨なヴィーチェの横やりこそあったものの。
かくして私は、久方ぶりの食事にありつくことが出来たのである。
その食事の席で。
「こ──これは、まさか!?」
もう出会うこともないと思っていた甘露と、再会することになる。
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