第二節 珪素の巨人と長老種の女王

「んもおおおおお、疲れたもおおおッ! ただいまぁあ僕の女王おおおお」

「騒ガシイ。見苦シイ。黙リナサイ駄犬」

「酷いこと言われたアアアあんまりだああああああああ!」


 ビリビリと空気を揺さぶる大音声に、ノイズキャンセラ-を最適化しながら。

 私とヴィーチェは、巨人の足下に立っていた。


 周囲には、あの電光板を顔に貼り付けた原動機付きたち。

 そうして巨大な珪素騎士リトー・ゴーヴァンがひざまづき、泣きすがりついているのは。


 天井から生え下がっている、逆さの大樹のような機械だった。


「オ客人ノ前デ、恥ズカシク無イノデスカ、リトー? 先制攻撃シタ無礼ヲ、マズ詫ビナサイ」

「きみが攻撃しろって言ったんじゃないかああああああ! それが無礼というなんてええええええ、ああああんまりだあああああああ」

「……ヤレヤレ。初メマシテ。厄災ノ魔女ト、ソシテ〝赤キ竜〟サマ。ワラワハ、コノ区画ノ長老種エルダー、女王ト呼バレル人間ノ、成レノ果テ、デス」


 言葉と言うよりも、機械のこすれる音と表現したほうが、幾分か正しいような名乗り。

 女王は、確かに人間の姿をしていなかった。


 滝のように垂れ下がる膨大な量の配線が、のように依り合わさった逆さの巨木。

 終端には、電光掲示板がくっついており、そこに浮き上がる記号が、顔の役目を果たしていた。


 奇妙奇天烈な存在に困惑していると、視界の中に妖精の姿になったヴィーチェが現れ、耳打ちしていく。


『肉体を完全に捨て去り、電脳で長い時間を生きた人間の姿があれよ。感情なんて残っているかもあやしい、まさしく成れの果て。けれど、永年を生きたのは本当。だから知識はあるし、その力はこの区画を掌握するほどだから……』


 なるほど、だから珪素騎士も従っている、というわけか。

 で、あるならば。

 私は、彼女たちにとって、敵ということなのだろうか?

 廻坐乱主に、刃向かうものとして。


「早速デスガ赤キ竜サマ」


 私の思惟を遮るようにして、機械の女王は言葉を発する。


「貴方ガタヲ保護シタノハ、他デモアリマセン。戦ッテ貰ウタメデス。リトー、ト」


 やはりか、と思うことを口にした。


「リトート共二、コノ区画ヲ守ル為、神様ノ軍勢ト戦ッテハ戴ケナイデショウカ?」


 ……ん?

 んんー?


 ヴィーチェと私が、同時に首をひねる。

 この、巨大な珪素騎士と、私が戦うのではないのか?

 そのために有利なフィールドへと連れてきたというか、そういう話だったのではないのか?

 これではまるで。


「……まるで、あなたとこの珪素騎士が、その……だと言っているように、聞こえるのだが?」

「ハイ!」


 女王は、どことなく嬉しげな顔文字で。

 弾んだ声で、こう言った。


「実ハ妾ト、リトーハ、神様ニトッテ道ナラヌ恋路ヲ歩ムモノドウシ……心ヨリ愛シ合ッテイルノデス!」


 ええと。

 うむ。


「恋仲だとぉおおおおお!?」

「恋仲ですってぇえええ!?」


 思わず顔を見合わせて、叫んでしまう私とヴィーチェなのだった。

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