第四節 勝利の鍵は『信頼』

「巫女によるクリアランスを今度こそお待ちで? 結構! ようこそ偶像の器たる赤き竜、ドレッドノート・ストラクチャーの正しき入り口へ! 大淫婦を最大の愚者! その暴威をいざや示せよ! 小官が真っ向から、この信仰を持って打ち砕いて見せよう!」


 歓喜に叫び、随喜の涙すら流すキャスに、躯体は応じない。

 ただ無言で、一歩進み出る。

 キャスも溶岩の上へと降り立つと、功子の作用で足場を固めながら前に進み出る。


 幽霊のように、残像を残しながら進む躯体。

 陽炎を纏う最強の珪素騎士。


 ふたりは徐々に距離を詰め。

 そして、まったく同時に、拳を振り抜いた。


「つぇあああああああああああああ!」

「────」


 キャスが初めてあげる気合いの声。

 対して躯体は無言。

 お互いの拳が、お互いの横っ面を吹き飛ばす。


 ニヤリと笑うキャス。

 かっと口を開く躯体。


「おっと! つまみ食いはやめていただこうか」


 珪素騎士のアッパーカットが、躯体の顎を割る。

 上体が大きくブレるが、躯体は気にも留めない。反動のままに縦に三回転し、その威力を込めてキャスを蹴り上げる。


 両腕を交差して防いだ珪素騎士は、自らの右手に炎の糸を収束。

 切れ味鋭い刃を作り出し、躯体へと振り下ろす。


 斬!


 宙を舞う躯体の右手。

 愉悦に歪むキャスの表情が、次の瞬間凍り付いた。

 躯体はくるくると回転している右手をつかむと、それを武器のようになぎ払ったのである。


 意外な攻撃の直撃を受け、引き飛ぶキャスパ・ラミデス。

 躯体は追撃。


 自らの千切れた右腕を、鞭のように伸長させ珪素騎士の足を絡め取る。

 思いっきり引き寄せながら、同じように槍状に変化させた前蹴りで、騎士の装甲を貫いてみせる。


 功子皮膜をあっさり貫通した脚槍は、茨のごとくキャスの体内で拡散。

 全身を串刺しにした上で、さらに爆発までする。


「がぁああ!? 叛功子作用による防御力の無視レジストが、これほど強まれば! 接近戦はどうやら賢い選択ではないと? であらば、小官は祝福を解放するまで!」


 自らの不利を悟ったキャスは、鞭と化した躯体の右腕を再切断。

 一気に距離を空け、ふたたび功子の秘奥──疑似・功子転換を行う。


「〝同胞の慚愧、無念の極地〟──〝怨念は延々と燃えさかり、ここに逆襲を結実する〟──〝ああ、願わくばカイザーの慈愛を持って〟──〝この世の遍く騎士に、再び剣を執らせたまえ〟──〝神の慈愛をここに〟──〝賤しき異教徒に、聖骸の騎士たちが裁きを〟」


 渇望の悠長な詠唱など許さぬと、躯体は距離を詰めるが。

 間一髪遅く、功子転換が完成する。

 悦に浸りながら、キャスはその最大の武威を示す。

 即ち、如何なる手段を用いても神の敵を滅ぼすという渇望を。


「〝疑似・功子転換サラケノーイ──傀儡騎士操演ローゼンクリーガー〟!」


 キャスの両の手。

 すべての指から放たれた炎糸が、溶鉱炉へと沈む棺桶へと接続され。

 そして、マグマを突き破り、無数の影が現れる。


 ひとつは、槍を持つ最速の騎士。

 ひとつは、巨体を誇る最優の騎士。

 ひとつは、ふたりでひとつの姉妹の騎士。

 ひとつは、これまで躯体に斃されてきた無名の騎士たち。


 総勢十一の騎士の影法師が、キャスの操るまま、一斉に悪鬼へと襲いかかる。


「いかな叛逆者! いかな赤き竜とて! 我らラウンズ総軍には及ぶまい! そうだ、小官らこそ、偉大なりし貴君を超える救世の──」

『高密度の功子を確認。一斉捕食します』

「──?」


 ……このときのキャスパ・ラミデスの表情は、絶句に等しいものだった。

 いつの間にか再生し、振り抜かれた躯体の右手が。

 竜の頭を模した右腕ペンドラゴンが。


 すべての珪素騎士の影法師を、一息に貪り尽くしたからである。

 負位置の功子の極限が、示される。


「が!? がああああああああああああっ!?」


 そうして、躯体は最強の珪素騎士へと飛びかかる。

 もつれ合ったまま壁面に激突する両者。

 濛々と立ちこめる砂塵のなかで、珪素騎士と躯体は力比べをすることになった。


 ガチン! ガチン!


 歯を鳴らしながら肉薄する躯体を、珪素騎士は決死の形相で押しとどめる。

 腕力は拮抗。

 だが、不利なのは躯体。

 理由は単純明快。

 キャスパ・ラミデスは、この期に及んでなお、攻撃と防御の両方に功子を割いていたのである。


「侮っていたのは小官だったというのか? 赤き竜とは、叛逆者とはそれほどの脅威であったと────いいや、認めるものか、認められるものかぁあああああ!!」


 反動を着け、噛みついてきた躯体の牙を、紙一重で珪素騎士は躱す。

 そのまま、最大限の力を持って、闇黒の悪鬼を蹴り飛ばす。

 全身の輝きが薄れ、代わりに四肢に纏う炎が猛りを増す。

 功子のすべてを、攻撃に費やしたことが一目で解った。


 一方で悪鬼が、マグマの上でもんどりをうち。

 けれど立ち上がったとき。

 異変は起きた。


 躯体がわずかにも動かないのだ。

 悪鬼は突如、身体の自由を失ったのである。


 その理由は、何処までも明白であった。

 躯体の至る所に、炎の糸が絡みついていたのだから。


極焔糸きょくえんし! 貴君を封殺するために、小官の無尽蔵、すべての功子を費やす! どうだ! いかに赤き竜といえども、微動だにできまい!」


 高笑いする珪素騎士の言葉は事実であった。

 最強の珪素騎士が、すべてを費やして編み上げた焔の呪縛である。

 それは全身の神経を、功子を支配し、完全に意識と遮断させる絶対の魔技。

 これから逃れることは、いかに悪鬼でも単体では不可能であった。


 動けない、動かせない。

 指先一つ、自由にはならない。


 だが。

 そのはずなのに。

 ゾクリと、珪素騎士の背筋を、戦慄が走る。


 輝くのは、悪鬼の両眼。

 真紅の禍々しい瞳。


 ギ、ギギ、ギギギギギギギ──


 動くはずのない、躯体の指先がわずかに折り曲げられて。


「あり得ない!? あり得るわけがない! 貴君がいかに伴侶たる偶像とはいえ、いまはまだ人の身のはずで──


 そして。

 そうしてようやく、そいつは気がついたのだ。


 


「本人の意識を無視した躯体の操作は、あたしの十八番なのよ。残念だったわねキャス?」

「まさか──」


 そう、これまで暴走するキリクの躯体を操っていたのは、ヴィーチェちゃんなのでした!

 おややぁ? これはこれは、大変な落ち度なのではぁー?


「ま──またも裏切ったな、魔女めええええええええええええええ!!」

「ええ、それがあたしだもの。だから──やっちゃえ、キリク!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 悪鬼が初めて、声と呼べるものをあげる。

 勇壮なる鬨の声は、彼を縛る拘束すべてを千切り飛ばし、闇黒の躯体を疾走させた。


「く、来るナアアアアアアアアアアアアア!!?」


 絶叫とともに最強の騎士が放つ薔薇の一撃。それすらももはや置き去りにして。

 負位置の功子を纏ったキリクの顎は、キャスパ・ラミデスの中枢を。


 彼の拡張躯体と直結していた心臓を、噛み砕いたのだった。


「決着……!」


 あたしは、捕食を終えて落下してくるキリクを。

 胸の奥でほのかな熱を帯びる感情ともともに、確かに抱き留めたのだった。

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