第三節 弩級構造体に食事を探せ

『糸、いとつむごう、夢見る卵。明日、あす織ろう、模様は世界──』


 弩級構造体なる概念を理解するのは、少し難しかった。

 思えば私が世界の広さを痛感したのは、前世で出兵を経験したからだ。

 多くの場所を見て知ったからだ。

 その意味でいうと、私はまだ、この世界のことをほとんど知らない。


 歩けども歩けども入り組んだ隘路あいろと、配管。

 そして、〝梅干しを漬けた汁から湧いて出る塩の結晶〟のような構造物が入り組んだ、代わり映えのしない光景。

 私が見知っているのは、今のところこれだけだ。


 パイプ、チューブ、ケーブル……そういったものが一緒くたになって、絡み合ってひたすら伸びている。

 ときおり円柱形の圧電気や変圧器のようなものも眼にするが、何の用をなしているかわからない。

 アーヴが例外だとするのなら、この世界のすべてが、こうなのだろうか?


『ゆりかご揺らそう、巣ごもりぬくめ。大樹は実り、果実は腐る。種は芽吹いて、双葉は茂る──』


 ポンコツ女の鼻歌に耳を傾けながら──頭の中で歌うので耳を塞ぐことも出来ない──どれほど歩いたか。

 ようやく、景色に変化が現れた。


 急に場が開け、講堂のような場所が現れたのだ。

 巨大な穴、巨木ののようなそこは、見える限りのすべてがパイプで埋め尽くされているのであった。


『表面に結露のあるパイプのうち、不自然に途切れているものを選んでください』


 歌うのをやめた戯画女に言われるまま、私は講堂から伸びる配管を観察する。

 数百本以上あるだろう配管の中には、確かにどこにもつながっていない結露したものがあった。


『両腕に限定し、FAJを出力します』

「その、というのは、呼びにくくて適わないな。もっとほかに、呼び名はないのか?」

『……功子転換装甲の、一応略称なのですが。別のものだと、コクーンだとか』


 いや、それも呼びにくい。

 そうさなぁ。


「赤備え」

『はい?』

「戦国の騎馬集団からとって、赤備えと呼ぶことにしよう。井伊は最終的に朝敵? 天皇はそのような些事を気にしない度量の深い御方ぞ!」

『えっと……まあ、それでいいなら、あたしは別に。FAJ──赤備え、両腕に限定出力します──功子転換』


 というわけで、両手に赤い光がともり、いまだ見慣れない放熱フィンを束ねた手甲が出現する。

 三度目だからか、そこまでの空腹や脱力感は感じない。


『最前にたっぷり食事をして、いまは出力を絞っているだけです。さあ、収穫ですよ』


 言われるがまま手を伸ばし、力任せに引き抜く──無論、パイプをだ。


「MIGIAAAAAAAAAAAA!!!」

「なんだあああああ!?」


 引き抜いたパイプが、妖怪のような奇声を上げた。

 ビチビチ、ビチビチと、陸揚げされたばかりの魚のように、私の手の中でパイプが身をよじる。

 非常に気色が悪い。


『さっさと殺しを入れてください。鮮度が下がります』

「……どこに?」

『頭です!』

「……どこが?」


 困惑していると、視界の中で無数の図形が展開。

 奇怪・妖怪パイプ踊りの全身に、数字や読めない記号が表示される。

 提示された情報が促すまま、私はうねうねとうごめくパイプの末端に、腕の刃を突き立てた。


 ビクッ! と電流が通電したようにパイプは硬直し。

 その後、へなへなと腕の中でおとなしくなった。


「…………。それで、これはなんだ、戯画女?」

『パイプズマイという生き物です。普段はパイプに擬態して、近くで死んだ生物の身体を溶解液で溶かし、体内を流動させることで栄養を吸収します。群れるとつながり、栄養を循環させて増えます。群れを形成すると、生きている動物にも襲いかかるほど凶暴で』

「凶暴なのか」

『はい。歯がノコギリ状になっていて……あ、ちなみにですね、キリク』


 なぜかウキウキした調子で、彼女はいう。


『そこの穴、パイプズマイの巣です。密集している配管は全部パイプズマイですから、間違っても足を踏み入れないように』

「…………」


 講堂を所狭しと埋め尽くす、大小長短の配管。

 そのすべてが凶暴な生き物であると聞き、私は嫌な汗を浮かべるのだった。

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