第四節 パイプズマイの串焼き

『では功子を補給するために、さっそくパイプズマイを料理していきましょう!』


 これ以上なくお気楽に、ヴィーチェ・ル・フェイはそんなことをのたまった。

 料理?

 料理、だと?


「男子厨房に立つべからず、という格言を知らないのか?」

『……キリクはいま、幼女ですが?』

「私の故郷くにでは男は料理をしない。してはいけない。これは、女房の仕事だ。相手の仕事を奪うのは、よくない」

『キリクは妻帯者ですかー? それから、どこにその女房が? あ、まさかあたし! はー、ダメダメ。いまのあたしは身体とかないので、期待するのはお門違いです。それともひょっとして、もしかするとあたしにベタ惚れだったりしますか? これはしたりな落ち度ポイント!』

「…………」


 ああ言えばこう言う、心底腹の立つ女だな、こいつ。


「……まあ、いい。どうせ食べなければ死ぬというのだろうが」

『正解です』

「で、あるなら。調理するのもやぶさかではない。まず、どうすればいい?」

『そうですね。腰のバックパックに電磁ナイフがありますから、それをとりだしてください』

「うむ」

『パイプズマイの腹を開いて、下処理をしましょう』


 言われるがまま、私はナイフを細長いパイプズマイの胴体に当てていく。

 縦にまっすぐ、魚の腹を開くのと同じ要領で開けようとしたら、戯画女が急制動をかけてきた。


「おい、何度目だ? 肉体ひとの支配権を、勝手に奪うな」

『いやいや、ストーップ。ストップですよ、キリク。パイプズマイはね、おなかの中に溶解液と未消化物を循環させているんです。なので、腹膜を迂闊に傷つけると、溶解液が漏れて肉が駄目になるのです』


 ならば、どうすればいいのか。


『まずは、表面の金属皮膜だけを切開してください。それから、腹膜ごと消化管を取り出します』


 皮をはいでから内臓を抜けと言うことなら、理解できる。

 つまり、蛇類のわたぬきだ。

 慎重にナイフの刃を寝かせ、軽くパイプズマイの体表をなでる。

 驚くべき切れ味で、すっと切れ目が入った。

 頭の先から、尻尾の先まで、ナイフを入れ、裏返して同じことをする。


 手に持っている限りでは、金属と同じ感触の体表だったが、切ってみると別物であることが解る。

 身体の硬い鰻のようなものを想像していたが、むしろ脱皮したてのエビなどに近い。

 ただし、肉の色は真緑なのだが。


『そうそう、そうです。その調子で皮膜を剥いで、お腹に浅く切れ目を入れて』


 そっと腹の中に手を入れて、私は眉根を寄せた。

 ぬるりと粘液がまとわりつき、妙に冷たい。

 なんとも言えない嫌悪感に翻弄されながら、身体の中心にある内臓を引きずり出す。


『消化液が漏れないように、両端を押さえて、切断』


 ブツリと、切り落とす。


『投げ捨てて! できるだけ遠くに』


 両端をつかんでいた内臓を、おっかなびっくり投擲。

 空中で封を解かれた内臓は、溶解液をまき散らし、


「……溶けた」

『溶けましたね』

「床に穴が空いた……」

『強力な溶解液なので』


 ……どうやら、私は危険物の取り扱いをやらされていたらしい。


「それで? 下処理はこれで終わりだろう。あとはどうやって食べればいい? とりあえず手を洗いたいのだが、水は」

『は? 何いってんのアンタ?』


 んん?


『な、何を言っているのですか、キリク。水なんてあるわけないのです。水は大変貴重品。だから、腹の中を洗わなくてすむように、丁寧に下処理をして貰ったのです。なので』


 戯画女は。

 バカ犬がそうするように尻尾を左右に振りたくりながら。

 どこか楽しげに、こういった。


『そのまま、焼いて食べましょう』


§§


『パンパカパーン! というわけで、パイプズマイの串焼き! 完成です!』


 背嚢はいのうに入っていた固形燃料で火をおこし、そのあたりで適当に採取した針のように細い配管に突き刺して丸焼きにしたパイプズマイが、ジュウジュウと音を立てながら、あおい肉汁を滴らせている。


 完成、というのなら、完成なのだろうが。

 しかしそれは、食欲を減退させるには十分な見た目をしていた。


「これを、食べろと……」

『おやおや~? キリク、あなたはこんなところで野垂れ死にしたいのですか? まさか、たかが食事がおいしくなさそうだという理由で、よりにもよって廻坐乱主の誅戮を諦めると?』


 こやつ、煽りおる。

 よほど私のことが嫌いか憎たらしいらしい。

 ……が、戯画女の言うことにも一理はあった。


 私は生き延びると誓ったのだ。

 生きて必ず、廻坐を殺すと。

 そうだ、これも全て廻坐の仕組んだことに違いない。

 おのれ廻坐乱主。殺す。


「せめて、塩がほしかったな……」


 ぶつくさ言っても始まらない。

 私は両手を合わせると、串焼きに手を伸ばした。


「いただきます──む?」


 覚悟を決めてかぶりつくと、意外な風味が口の中に広がった。

 薄荷はっか

 薄荷に似た清涼感である。


 タラバガニのように、噛めば筋繊維がさらりと縦に裂け、ぷつりぷつりという歯ごたえを返す。

 噛めば噛むほど肉汁があふれ、口の中に甘みと爽やかな香りが広がる。

 旨みのようなものは皆無だが、甘みが薄荷と相まって、奇妙な感覚を私に味わわせる。

 薄荷ドロップ味の蟹、とでも言えばいいだろうか……?


 それにしても、やはり感覚が鋭敏化しているのか、味というものがひどくきめ細やかに感じられる。

 生前から敏感ではあったが、なお強くである。


 ゴクリと肉を飲み込むと、すぐに消化が始まり、活力が満たされる。

 ジッと、かじりついた跡の残る串焼きを見つめ。

 恐る恐る、もう一口かじる。


 ……不味くはない。

 やはりこれは、薄荷味のカニだ。

 うむ、少なくとも嘔吐しかけた多脚戦車の刺身とは大違いだ!


 少なからず食えるということで、次の串に手を伸ばし。

 がつがつと無心で食べていると、いつのまにかパイプズマイはなくなっていた。


「戯画女!」

『ヴィーチェ! ヴィーチェ・ル・フェイですぅ! おかわりがほしいのなら、また探して──』


 彼女がなにかを言いかけ、私が新たなパイプズマイを掴まえようと腰を浮かした。

 そのときだった。


「……ぎぃ?」


 いた。

 立っていた。


「まさか──ひとか!?」


 ひと、ひとだった。

 そこに、ぼろぎれの一枚も身につけていていない男が。

 物陰から、私たちの様子をうかがっていたのだ。


 彼の視線は、じっとパイプズマイの刺さっていた串に集中しており。

 いびつに歪んだ口元からは、だらだらとよだれを垂らしている。


 けれど、私の思考はそれ以上回らなかった。

 なぜならその男は。


「ぎ、ぎぎ……たべ、もの」


 顔が腫瘍と長い緑色の体毛に覆われており、肩にはただれた岩石のような瘤。

 腕は瘤から、あり得ない角度に向かって生えていて、なによりその腕には〝目〟がついている。

 そう、この世界で初めて出会った人間は。


 とても尋常とは思えない、畸形きけいの姿をしていたのだから。

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