終章 神様のいらないキセキで明日を創ろう

最終節 転生憲兵は悪食属性

 なにもかもが存在しない、真っ白な空間。

 いつか視た門さえないその場所で。

 私と廻坐は、円卓を囲んで座る。


 上座も下座も存在しない円卓で、湯気の立つお茶を湯飲みで一つ啜って。

 廻坐は私に、問いかけた。


「結局、おぬしの渇望はなんじゃったのかのう?」

「おまえは、生きることだと言っただろうが」

「しかし、見誤った。ゆえにわしは敗れた。では、なにがおぬしを、ここまでさせたのじゃろうな?」


 私は少し考えて。

 それから、答えた。


「やはり、生きることだったのだろう」

「じゃが」

「生きて、おまえを斃し、そして──人々に飽きるほどの平和を味わわせること。それがきっと、私の渇望だったのだ」


 私の答えを聞いて。

 老爺はしばらく緑色の目を見開いていたが。

 やがてケラケラと声を上げて笑い始めた。


 憤然と私が眺めていると、彼奴は目元の涙を拭い「すまぬすまぬ」と心にもない謝罪を口にする。


「ならば、おぬしの渇望はいまだ道半ばであろう?」

「…………」

「気がつきもしなかったという顔じゃな? ああ、よい、それが見れただけで満足じゃ」


 お茶を飲み干した老爺はゆっくりと立ち上がる。

 彼奴は曲がっていた腰を伸ばし、穏やかに微笑む。


「めぐる座にすわる、みだれたあるじ。それがわしの名前じゃ。永劫を繰り返して、なお永劫。戯れのために、もう一つ永劫をかさね……随分長いこと、この椅子に座ってきたが、さすがに疲れたわい。じゃからこそと、新たな世界と伴侶を望んだが」


 それもつれなくされてはなぁと、彼奴は皮肉を口にして。



 真剣な表情で、そう言った。


「座はめぐる。神を遠ざけたものは、代わりにこの席に座らねばならぬ。何よりおぬしは気がついておるのじゃろう? わしを斃すほどのちからが使えたということは、奇跡をなしたということは」


 百面相のように、ニヤリと笑って。

 廻坐乱主は、私に告げた。


「おぬしは既に、神なのじゃよ。新しい世界を創造する、な」

「…………」

「さて、楽しみじゃわい。おぬしがその力で、なにを為すか。なにをしでかすか。わしは座の果て、因果の那辺にも存在しない涅槃から、おぬしの活躍を見届けることにしよう。なぁに」


 歩き出した廻坐の姿が。

 雪が溶けるように消えた。

 最後に聞こえた言葉は。


「後継者が見つかって、肩の荷が下りたからのう」


 何処までも傲慢な、廻坐乱主らしい一言だった。

 そして──

 私は、目を開ける。


「ヴィーチェ」

「おかえり、キリク」


 崩壊する弩級構造体の内部で、白いドレス姿の彼女は、私を抱きかかえていた。

 こんなとき、この女は決して無駄なことは言わない。

 落ち度なんて無いという顔で、笑うのだ。


「それじゃあ、どうする? 帰る? 時間を戻して、あの瞬間に」


 彼女の問いかけに、私は今度は考えなかった。

 答えは最初から決まっている。

 陛下は仰った、『生きろ』と。

 廻坐乱主を滅ぼしたいま、私に残るのはそれだけだ。


 だから。


「帰らない。戻らない」


 立ち止まるのではない。


「変えよう、ヴィーチェ。この世界が、この先も存在していくように。彼らの営みが、間違っていたなど言わせないために」


 起こったことを無かったことにするのではなく。

 ゼロの地平を越えて、過去を糧にするために。


「それこそが負位置の功子、叛作用、神の布いた理に叛逆する──神衝きシステムのはずだから」


 けれど、これを使えば、私は正しく人ではなくなるだろう。

 人の器から外れて、世界の管理を行うこと。

 私はきっと、そんな孤独には耐えられない。

 だから、かすがいが欲しかった。


「待っていて、くれるか……?」


 必ず戻ってくると、そんな希望を押しつけて。

 彼女の細い手を握り、問いかければ、


「えー、いやよ?」


 即答で、否定される。

 彼女はいたずらに笑って。


「もう待つのは疲れたわ。だから……一緒に行くの」


 彼女の手が、私の手の上にかさねられる。

 温かなぬくもりと、心臓の脈打つ音が重なって。


「もう、離れない」


 強情っぱりめ。貴様は本当に、言い出したらきかない。


「……ならば、ふたりで新たなのりを布こう」


 七支刀を突き立て、それを介して世界へ、すべての功子を集中する。

 見つめ合い、互いに熱く柄を握りしめながら、理想を強く思う。


 願わくば、どうか。


「「どうか誰もが、誰かと食卓を囲んで、笑顔になれる世界を……!」」


 創世のヒカリは、世に放たれ。

 そして、ひとつのいのちが新生する。

 世界という命が。

 明日という未来が。


 祝福の、輝きの中に。

 私はその輝きの渦中に、笑顔で手を振る巫女殿の姿を見た気がした。


「それにしても」


 光にほどける一瞬、思わず皮肉を口にする。


「きみを伴侶に選ぶとは、私も随分ゲテモノが好きらしい」

「あら、気がついてなかったの?」


 ヴィーチェ・ル・フェイ。

 私の運命のひとは。


「あなたって、ずっと悪食属性だったのよ?」


 何処までも愉快げに、そう笑うのだった。






転生憲兵は悪食属性~140センチは燃費が悪い~ 終

Legend of Killing Ariki~Divine Inferno~ 了

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転生憲兵は悪食属性~140センチは燃費が悪い~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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