第五節 巨蟲猟師の村 ~ハニカム・ヴィレッジ~

 そして、その脅威は。


 たった一発の砲声で終了した。


 外部からの衝撃によって、テイオウシロアリが膨張──しかる後に、爆発。

 ……私とヴィーチェは、頭から粘ついた体液を浴びることになった。


「ちょっ、やーなんだけど!」

「……貴様ら、何者だ?」


 飛散した肉片と粘液を払いのけようと暴れているヴィーチェを無視し、私は洞窟の外を睨み付ける。

 そこには、数人の男たちの姿があった。


 西洋風のベストを着込み、小手や胸当てといった防具を身につけ、口元を防毒面で覆った集団。


 腰には垂れ布、その上には防具。

 防具はどれも滑らかかつ、セルロイドのように軽量に見えて。

 なにより剣呑な輝きを放つ砲銃が、彼らの手には握られている。


 種子島を大筒のように改良すれば、このようなデザインになるだろうか?

 ひどく無骨で、巨大な砲であった。


「何者……っていわれても……ボクらは猟師です。カムインセクト──テイオウシロアリの兵隊が誰かを襲っているように見えたから、突発的に吹き飛ばしちゃったけど……むしろ、あなたがたは、どこから来たのですか?」


 先頭に立っていた男──猟師が、顔の上半分を覆っていたバイザーをあげる。

 ずいぶんと年若い、青年の顔が覗いた。


「若いって……きみなんて子どもじゃない。そっちの巨大な女の人は、お母さん?」

「キリク、お母さんですって。お母さんですって」

「嬉しそうに繰り返すな、このノウタリンめ……失敬した。私はキリク。旅をしている者だ。この馬鹿でかいのはヴィーチェ・ル──」

「ヴィーチェよ」


 私の言葉を遮るように、ヴィーチェが言った。

 それまで騒いでいたのが嘘のように、酷薄に、真剣な様子で。


『キリク、なにも反応しないで聞いて』


 頭の中だけに、彼女の声が響く。

 よく見ると視界の端に、いつぞやの小人──妖精姿の彼女がいる。

 無表情に、ヴィーチェは言った。


『あたしは魔女よ。魔女という存在を、ル・フェイという名前を知らないものは、弩級構造体の中にひとりとして存在しないの。もし、あたしの名前が知れたとすれば、そのときは彼らと事を構えるときだと思って』


 それは。


『……お願い、いまは聞かないで。それから、神を殺そうとしていることも、黙っておいて。彼らが廻坐乱主を崇める人種でないとは、すぐには判断できない。宗教戦争が怖いこと、あなたならよくわかるでしょ?』


 ……最悪の場合、彼らと敵対することになると言うわけか。

 命を救って貰っておいて、それは確かに寝覚めが悪い。

 わかった、私は沈黙することにしよう。


『解ってくれて、嬉しいわ』


 心底安堵した様子で、妖精は微笑む。

 ……本音を言えば、この二面性を暴くことこそが、彼女に不埒な真似を働いた真相だった。

 あのとき、ヴィーチェの胸を揉んだのは、私のリビドーがあふれていたからではないのだ。


 ともに旅をする上で、猫をかぶっている相手ほど信用ならないものはない。

 嘘をついているのも、隠し事をしているのもいい。人間関係とはそのそういうものだ。

 だが、取り繕っているのは戴けない。


 こちらの意見に薄っぺらく迎合してくる輩は、ほかの誰かにもたやすく追従する。

 そんなものを信用するほど、私は若くない。

 最低限ともに旅をするのなら、を先に築いておきたかったのだ。


 そうして彼女は、こちらの意図をくみ取って、ある程度ざっくばらんに接してくれている。

 ならば私も、同じように振る舞うべきだろう。

 この場は彼女に任せるという形で、一応の信を示すのである。


『それで十分よ、いまはね』


 微笑みを苦笑に変えながら。

 彼女は猟師達へと言葉を向けた。


「ねぇ、猟師と言うことは、あなたたち。どこかに拠点を持っているのでしょう? ちょうどいいわ。見て解るとおり、あたしたち酷い難儀をしているの。よかったら休ませてもらえない? 勿論、お礼は身体で払うわ」


 先ほどまでの密談をおくびにも出さず、ペロリと口元に垂れてきたシロアリの体液を、扇情的に舐めとるヴィーチェ。

 非常に艶やかで、はしたなく、蠱惑的ではあったが。

 猟師は、しかし困惑しているようだった。


「え? ええ……女子どもを助けるのは男どもの仕事ですし、それはいいんですが……」


 妙に歯切れ悪く、思わぬ言葉を続けた。


「その……本当に身体で、払ってくれますか……?」


§§


「帰ってきたよ! 男どもが帰ってきたよ!」


 がーん、がーんと鳴り響く鐘の音。

 物見櫓ものみやぐらで鳴らされる、ブリキの鐘の奏でる音。


 いくつかの構造体の隙間を抜け、巨大な配管を渡った先に、彼らの村は存在していた。

 第一印象は〝蜂の巣〟。


 鋼材か、コンクリートなのか、それとも他の素材かはわからない。

 蜂蜜色をした正六角形の穴。

 六角柱のような居住空間が、整然と天井まで積み上がった階層都市の姿が、そこにはあったのだ。 


 日本ではついぞ見たことのない光景。

 それでも近いものをあげるとすれば、やはり蜂の巣である。


 六角柱からは、その所々に窓と、煙突が延びている。

 壁は配管が走り回り、地面は蜜蝋のようなもので舗装されている。


「いま帰ったよ! 収穫は──ご覧の通りだ!」


 あの若者が、蜂の巣の村へと向かって、にこやかに叫んだ。

 すると六角柱の扉が一斉に開き、女達が飛び出してくる。


 村の中を、作業着を着た女性たちが、忙しそうに走り回り──子どもの姿も……老人の姿も見えた──やがて喝采が上がった。


 というのも、男達が大荷物を持って帰郷したからだ。

 私がいま必死で押している荷車も、そのうちのひとつである。

 その荷物というのが──


「ぜぇ……ぜぇ……い、いくら身体で払うっていっても……これは、酷すぎるでしょ……」


 汗だくになったヴィーチェが、崩れ落ちそうな調子でうめき声を上げた。

 彼女の背中には、背負子が取り付けられており、その上には、一抱えもある蟲の巨体が、これでもかと積み上げられていた。


 そう、彼らは猟師。

 それも、巨大な蟲を専門に扱う、巨蟲猟師だったのである。


「おかえりなさいクローディン」

「ああ、ただいま、ドリン」


 ヴィーチェもろとも広場に座り込み、足の疲れを揉みほぐしていると、そんな声が頭上で飛び交った。

 猟師を率いていた青年──クローディンを、亜麻色の髪の少女が出迎えたのだ。

 どことなく彼と似た顔つきをしているように見える。

 ……彼らも、クローンなのだろうか?


「クローン? いえ、ボクとドリンは兄妹ですよ。ひいじいちゃんぐらいの世代までは、クローンを使ってたひともいたそうですが」

「クローディン、このお嬢さんと……あっちのおっかない顔をした巨大なひとは、どなた?」

「ああ、説明が遅れたね。彼女たちはキリクちゃんとヴィーチェさん。テイオウシロアリの産卵地の近くで、兵隊アリに襲われていたところを助けたんだ。なにか温かいものを用意してあげてくれないかな? ふたりともすっごく疲れてるみたいで」

「まあ!」


 それはたいへんと、ドリンと呼ばれた少女は目を丸くして、大きく開いた口に手を当てる。

 ……うむ。慎みが深い。撫子味が深い。


「なによ? なんであたしを見るのよ?」


 汗まみれで、豚のように荒く肩で息をついている自称魔女。

 私はなんでもないとを首を振り、村の人々へ挨拶をする。


「いま紹介にあずかった。私はキリク。故あって旅をしている。ご迷惑でないのなら、一宿一飯にあやかりたい。お願いできないだろうか、ドリン嬢?」

「まあ、まあ! こんなに小さいのにしっかり挨拶ができるなんて……ヴィーチェさん、聡明なお子さんですね?」


 ……もうこの際、私は露骨に幼女扱いされていることは不問としよう。

 第一、この見た目で抗弁できるわけがないのだ。

 それよりも重要なのは──と、私は視線を左下に向ける。


 功子の残量を告げるゲージは過半数を切っており、数値は三十八を示している。

 応急的に回復したものの、珪素騎士との戦闘を考えると、非常に心許ない。


 最下層を目指す以上、珪素騎士とは必然的にまた戦うことになるだろう。

 可能なら、ここで補給をしたい。


 そういった事情を黙した上で、彼らの温情にすがるのは軍人として不義なことだ。

 けれど、切実に私たちが助けを必要としているのも、また事実。


 熱心にドリン嬢を見上げていると、彼女は慈母にも似た微笑みを浮かべてくれた。


「そんなに不安げな顔をしないでくださいね、キリクちゃん? 大丈夫ですよ、今日は大猟のようですし、すぐにお部屋と食事を用意しますね! さあさ、こちらへ!」


 かくして、私たちは彼らの村。

 巨蟲猟師の村に、滞在することになったのである。

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