第五章 白き神の祝福

第一節 実際に狩ってみた

「大人でもない女が狩猟についてくるなんて、とんでもない! 狂気の沙汰だ!」


 と、たいへん私の安全に気を揉んでくれたクローディン青年だったが、前回見事な仕事ぶりをみせたらしいヴィーチェが、


「あら? キリクはあたしより強いわよ?」


 と、念を押してくれたものだから、狩猟に同行する許可は、案外簡単に下りることになった。


 この村では男衆と女衆が作業を分担しているが、それはあくまで効率の問題であり、歴史や宗教的なものでないことが、功を奏したわけである。

 もっとも、ヴィーチェがポンコツを晒していた場合、ここまであっさりとは行かなかっただろうから。

 そういった意味では、物理女をねぎらうこともやぶさかではなかった。


「あれが、テイオウシロアリの蟻塚です」


 クローディン青年が指し示したものを、端的に現すのなら〝ゴミの山〟だった。

 配管やケーブル、素材の削りカスに充填剤、生物の死骸と思わしきものからなにかのパーツまで。

 持ち運べそうなものがかき集められて、隙間を体液で溶接したような、そういった巨大な代物。


 彼らの村の、数倍の規模を誇る天を突く城砦。

 それが、磁場嵐の中にそびえ立っているのである。


 蟻塚と呼ぶには立派すぎる代物だったが、私たちが近づいたときにはもう、兵隊アリが、わっと飛び出してきたのだから、疑う余地はなかった。


「ヴィーチェ」

「武装のロックを解除。限定功子転換──九七式功子密束複合投射装置、活性化アクティヴ


 私の手の中で、功子の熱量が渦を巻き、モザイクを構成。

 次の瞬間、質量とともに投射装置〝大鴉レイヴン〟が姿を現す。

 多少の気怠さを感じるが、食事の有無が大きく、それほど苦ではない。


 銃把を握り、レールスライドさせて内部構造を露出。功子を装填すると、私はレイヴンを肩口に構えた。

 男衆も、隊列を組んで一斉に砲を構える。


「まだ、まだ引きつけて……引きつけて……放て!」

「応!」


 クローディン青年の号令一下、無数の砲弾が火を噴いた。

 功子弾頭が、緑色の粒子の尾を引き連れながら、兵隊アリの頭部に炸裂。

 命中箇所を基点に、すり鉢状に作用が発生し、そのままえぐり取るように甲殻を分解してしまう。


 うむ、珪素騎士に破壊された部分は、完璧に修復されているな。

 これで、功子を節約して行動できそうだ。


「などと余裕をかましているが」


 実際のところ、赤備えを身に纏っていない私の矮躯は、反動で吹き飛ばされてしまっていた。

 逆さの視界から、よっこらせと起き上がりながら、しばし考える。


 威力が強すぎるのか? 無反動砲のような武装は、インストールした知識のうちにはない。

 改良が必要かと頭を悩ませつつ、当面の応急措置として出力を絞っていると、羽音ともに影が差した。

 ハッと見上げれば、頭上には翅アリの大群がおり──


「ここは任せて!」


 言うが早いか、ヴィーチェが身を躍らせていた。

 センサーのたぐいは機能不全を起こしているというのに、彼女は意にも介さない。

 そうして、この場いる誰も、彼女が無謀だとは感じなかったらしい。


エクステンドブレイドドレス──アクティヴ!」


 宣言と同時に、彼女の背中にマウントされていた機械翼から、無数のパーツが分離。

 それは瞬時に拡大、伸長をはじめ、無数の刃となってヴィーチェを包み込む。

 いくつかは背面のジョイントと結合し、翼を。

 いくつかは腰のジョイントにとりつき、スカートを。

 さらにいくつかは、周囲を浮遊する遊撃刃とかして、襲い来る翅アリを迎撃する。


拡張刃衣E・B・D──正常起動を確認。剣の舞ってやつを、見せてあげるわ」


 私に向かってばちりとウインクを飛ばしたヴィーチェは、なんと飛翔。

 粒子をまき散らしながら、翅アリの群体の隙間を、高速で翔け抜ける。

 その立体的な機動は、乱舞の名にふさわしく。

 彼女が舞い踊るたびに、アリたちの首が飛び、体液が噴き出す。


「拡張刃衣戦術、第十五式──功芸剣オーロラブレード鎧装具ガイソーグ


 刃を身に纏い、踊るようにいのちを刈り取るヴィーチェ。

 気の利いた言い方をするならば、絢爛武闘モータル・アーツとでも称するべきだろうか?

 そう、彼女はあまりにうつくしく、残酷で──魔女と呼ぶには、ふさわしかった。


「……私も、負けていられないな」


 見惚れていた自分に喝!

 ノールックで背後に迫った兵隊アリを撃ち抜き、その反動で戦線へと戻る。


 次々に押し寄せるアリたちは、空にも地にも無数に湧きだし。

 猟師たちは一致団結して応戦する。


 どうやら今日は、大猟になりそうだと。

 私はのんきに、そんなことを考えていた。

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