第七節 巨蟲料理のフルコース

 オオオノカマキリの鎌肉の煮付け。ミルクダマシの蜜とともに。


 提供された料理を一口食べて、私は目を見開いた。

 煮付けである。


 この、苦みと塩辛さと芳ばしい香り。間違いがない。

 醤油のそれだ。

 それから、ほんのりとした甘さも加わっており、鎌肉はブリのカマのような味わいだといえる。

 触感はエビだが、味は煮付け!


 聴けば、調味料は醤油ではないという。

 蟲のはらわたを発酵させて作った、バグジュースなるものらしい。


 とはいえ、すっかり気分の高揚してしまった私は、うまい、うまいとバクついてしまった。

 女衆たちは呆れながらも、たくさんの料理をよそってくれた。


「育ち盛りですものね」

「たんとお食べ」

「いい食いっぷりだね。そうやって食べてくれると、こっちまで嬉しくなっちゃうねぇ」

「ほら、もう一個、どうだい?」

「そんなに気に入ったんなら、どれ、ちょっと調味料を分けてやろうかね。おーい、だれか、備蓄の計算をしておくれ」


 ご厚恩を受けつつ、そんな感じで満腹まで食べて、功子も七十あたりまで数値が回復した。

 多脚戦車の人工筋肉を完食したときよりも、功子の補充量が大きい。このあたりの仕組みは、まだ私にはわからない。


 夕食は、モモ肉の空揚げだとか、天麩羅もいいとか、蟲チリが一番おいしいだとか、雑談を交わし。

 私のためにご馳走を要してくれているらしいと悟って丁寧にお礼を言って。

 そうしてそのまま、皿洗いに連行され、またどやされて。

 やっとできた休憩時間。


 調味料を受け取った私は、ドリン嬢と一緒にいた。

 ドリン嬢は、どうやら編み物をしているようだった。

 甲蟲種の腹膜は繊維状になっているらしく、それを揉みほぐし、なめしたものを編んでいるのだという。


「猟師は皆、それぞれの家族が作った服を身に纏うんです。蟲の繊維は頑丈で、電磁ナイフぐらいなら通さないですから、とても重宝しますし。それに、家族が守ってくれるっていうのは、心強いものなんだって思います」

「ということは、それは、お兄さんに?」

「はい! クローディンはもうすぐ誕生日で……だから、プレゼントできたらなって!」


 そんなことを、彼女は弾けるような笑顔でいう。

 まぶしさに、私は思わず目を細めた。


「キリクちゃん。そういえば今朝も料理、へたでしたね」

「……面目次第もない」

「や! せめてるわけじゃなくてですね! ……えっと」


 両手を突き出して、困ったようにふってみせるドリン嬢。

 彼女は少し悩むようにしてから、口を開く。


「その……キリクちゃんは、まだ小さいからわからないかも知れませんが、料理とか家事って、すっごくたいへんなことなんです」


 ああ、たいへんなのは、よくわかった。

 全身が筋肉痛で酷い有様であるからな。


「そうじゃなくて、ですね? うーん、キリクちゃんは、いませんか? 誰か、自分の作ったご飯を食べてほしい人って」

「食べてほしいひと……」

「あ、思い当たる節があるって顔です。だったら簡単ですよ。どうせ食べて貰うなら、おいしい料理の方がいいじゃないですか。同じように、どうせ一緒に暮らすなら、綺麗なお部屋の方が素敵じゃないですか」


 だから頑張るんですと、彼女はいう。


「炊事は死ぬほどたいへんです。腕はパンパンになりますし、トゲとかとらなくちゃいけないですし、寄生虫がいないか目をさらにして衛生管理。味付けも相手が好きなものを研究して──うんざりするようなこれを、毎日やるんです。そんなの、好きで大事な相手にしかできませんよね!」


 夢見るように。

 けれどその実、現実だけをまっすぐに見つめて。

 彼女は、笑う。


「男衆の狩猟もおんなじですよ。おいしい蟲をわたしたちに食べさせたい。いい服を着せてあげたい。だから、命がけで働くんです」


 好きで大事な相手のために、努力をすることは素敵なことだと。

 ただの一日たりも休むことなく、肉体労働に従事することすら、いとわないと。

 彼女はそう告げるのだ。

 それが、誰かを想うことなのだと。


「キリクちゃんは、それができますか? そうして貰ったことが、ありますか?」


 彼女の問いかけに、即答はできなかった。

 けれど熟考すれば、答えは出る。


 母様かかさまが作ってくれた味噌汁は温かく、かやくご飯は美味かった。

 天皇陛下から下賜された握り飯は、私の命をつないでくれた。


 そして、そしてだ。

 あのポンコツ三等兵が私に作らせた料理は。

 作ったのが私だったとしても、それは──


「……よし、もうちょっとで完成です。クローディンが次の狩猟から帰ってきた頃には、これを渡せそうです!」


 朗らかにそう言って。

 彼女は、編みかけの布を誇らしげに見せてくれた。

 冷たい色をした、けれど温かなそれ。


 私は──迷いながらも、彼女にお願いしていた。


「ドリン嬢、折り入って頼みがあるのだ」

「えっと、なんです?」


 私に。


「私に、料理のイロハを、教えてはくれないか?」


§§


 特別訓練メニューにたたきのめされ、ぐったりと地べたに転がったところで、村の入り口が騒がしくなった。

 どうやら、男衆たちが帰ってきたらしかった。


 荷車に乗せられた、巨蟲の死体が淡く輝く。

 先頭には、クローディン。

 そうしてその隣には、疲れ果てた様子のヴィーチェがいて。


「おかえりだな、ヴィーチェ」

「……不思議な気分ね、出迎えられるなんて。ただいまよ、キリク」


 お互いボロボロだなと苦笑し、軽く手を打ち合わせる。

 私の横を通り過ぎるとき、彼女はそっと顔を寄せて、耳元でこう囁いた。


「キリク、調べて解ったの。この村にはやっぱり──あなたの〝拡張躯体〟が使われているわ」


 ──と。

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