第二節 黒き炎の蹂躙
「四サイクル分もの食料が採れましたよ、御二方には感謝ですね。ありがとうございます!」
朗らかに笑い、背後を指差すクローディン青年。
荷車にはまさしく大量のテイオウシロアリが積まれており、
なるほど、これが蟲と共に生きる生活なのだと、私も感じ入るものがあった。
猟師たちは、先ほどまで狩りをしていた蟻塚に、数秒の黙祷を捧げる。
そういう儀式なのだと、クローディン青年は語った。
構造体の恵みであるカムインセクトへ、感謝を捧げるのだと。
村へと急ぐ途中、視界の中に妖精のヴィーチェが現れた。
どうやら、密談をしたいらしい。
『拡張躯体の話よ』
まあ、当たりはついている。
蟲の卵を温め、村の湿度や温度を保ち、洗剤などを生産しているプラントが、中央にあった。
おおよそあの中に、私の拡張躯体がリアクターとして納められているのであろう。
『磁場嵐の影響で判然としないけれど、おそらくはそう。ハニカム構造の村を増築・維持できるエネルギー源を考えれば、間違いない。でも、それを回収すると言うことは』
理解している。
彼らに、彼女らに、蟲と決別して生きろと言うに他ならない。
卵につくカビを取り去ることも、孵化まで見守ることも、暖めることさえ。
リアクターがなければ、不可能なのだから。
だから、それでいいのではないかと、私は思うのだ。
このままにしていても、いいのではないかと。
『……ダメよ、キリク。それはダメ。あなたにはちからが必要なの。完全にならなくてはいけないの。そうしないと、神を殺すなんてことは』
解っている。
わかっては、いるのだが……
「キリク!」
彼女の叫びは、脳内だけに響く叱責のそれではなかった。
……私は、どうかしていた。
本当にどうかしていた。
この数日、彼らと生活を共にして、平穏に身を浸したことで慢心して。
いうなれば、私は愚かにも──そうだまたも愚かにも──警戒を疎かにしていたのである。
電磁嵐で計器がまともに作動しないことを言い訳にして、どうせ敵も襲ってはこないだろうと高をくくって。
「……始末に負えん!」
だから、顔を上げた私を待っていたのは、手ひどいしっぺ返しだった。
もうもうと上がる黒煙。
構造体を席巻する煤煙。
「ああ、あああ」
だれかが──青年が──うめき声を上げた。
即ち、
「村が……燃えている……ッ!?」
§§
荷物を放棄して、全速力で走り込んだ私たちが目にしたのは、地獄のような惨状だった。
燃えていた。
燃えていたのだ、なにもかもが。
巨蟲猟師の村が、黒い炎に蹂躙されていたのである。
衝撃に強いはずの蜂の巣構造の建物が、高温に耐えきれず割れて崩れ。
露出した衣服や食料、家財のすべてが、火に包まれ。
「GIPIIII! GIPIIIIIII!!」
大切に育てられていた家蟲たちが、劫火に炙られ、身をよじりながら悲鳴を上げる。
唖然とし、言葉を失い立ち尽くす男衆。
風向きが変わり、酷い臭いが、私の鼻をついた。
……この臭いには、嗅ぎ覚えがある。
嗅覚にへばりつく、タンパク質の爛れる臭い。
大空襲の夜、嫌というほど嗅いだ臭い。
──人が、燃える臭いだ。
あちらの曲がり角にあるのはなんだ?
とろけた肉の塊。
あちらの窓から滴り落ちているのは?
ドロのような命の骸。
あれは?
あれは?
あれは──?
そのすべてが、炎の照り返しを受け、血の色に染まった命のなれの果て。
泥たちは形を失いながら、それでも声を上げていた。
怨嗟と、慟哭を。
男衆の誰かが、嘔吐した。触発されたように多くのものが口を押さえる。畏怖し、失禁脱糞するものもいた。
当然だ、私だって、それらと変わらない。
だが、その中で、
「──ッ、ドリン!」
青年が、血を吐くような声で叫んだのだ。
反射的に見やれば、炎のなかから現れる影があった。
よろよろとふらつきながら、それでもなにかを必死に抱きしめている少女。
ドリン嬢が、炎のなかからまろび出て。
「ドリン、大丈夫か!? いったい、村になにがあったんだ!? ほかの女衆は──」
「クロー……ディン……ダメ、ダメです」
「なにがダメだって」
駆け寄って、少女を抱き支える青年。
一方で、少女の表情はうつろで。
その手の中に握りしめた、彼女が兄を想って作り続けた腰布が、チリチリと、チリチリと燃えて。
「ダメ」
彼女は。
「死んじゃった……燃やしちゃった……ぜんぶ、ぜんぶ……わたしが、わたしは」
兄を想う少女は。
「もう──わたしじゃなくなっちゃうから……っ!」
度し難い事実を、口にした。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫する少女。
立ち尽くす青年の目の前で。
ドリン嬢の姿が、ノイズを纏って書き換わる。
黒い炎が糸となって、少女の手足に絡む。
糸に引っ張られ、少女は強引に踊らされ。
変わる。
変貌する。
功子の転換。
これで二度目だ。
私は、だから即応した。
レイヴンの銃把を引き、構造を露出。
功子を充填し、密束。
狙いを、定め──
「やめてください、キリクさん!?」
目前に、青い顔をしたクローディン青年が立ち塞がり。
……そして、私は唯一にして最大の好機を、喪失する。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
紫電が吹き荒れ、床が隆起し、周囲の膨大な質量を少女は取り込んで。
そしてそれらを燃料に燃え上がった黒い炎が、ドリン嬢の身体を覆い尽くす。
「────」
変わった。変成した。
どうしようもない、邪悪に。
「これはこれは──出迎えご苦労。ところで貴君らは、B級以上のセキュリティークリアランスをお持ちで? ……お持ちでない?」
「ど──どり、ん……?」
それは──褐色の肌を持つ、ゴシックドレスの珪素騎士は。
自分をかばった青年の腹を、無造作に炎の爪で貫き。
にんまりと嗤って、宣言した。
「では、
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