第四節 かくして幼女憲兵は誕生せり

「確かに、さきの戦でヒトの命は軽くなった。しかし──しかし、おまえごときに救われるほど、万民の命は安くないぞ、畜生がぁああ!!!」


 衝動的に一四年式拳銃を抜き放つ!

 足下に転がるは、食い散らかされた料理。肉のついた骨。


 餓えた子等が、明日を迎えるために必要だった糧。

 痩せた母親が、赤子に乳を与える希望となったかも知れない血肉。


「それをたやすく奪うような貴様を、私は断じて神とは認めない!」

「──っ!?」


 叫ぶとともに、左手をテーブルへと叩き込む!

 気功術によって爆砕するテーブル。

 その光景を前にして、神を自称する老人が、きょとんと目を丸くして、動きを止める!


 この隙を、見逃す道理はなかった。


 引き金を引けば、十四年式拳銃は所定の動作を完璧に遂行し、銃弾を射出する。

 まっすぐに飛んだ銃弾は、見事に神を名乗る老人の眉間を貫通した。

 ぱっと、真っ白な空間に血の花が咲き、レコードが悲鳴を上げるように演奏をやめる。


「────」


 深く、長く、私は息をつく。

 倒れ伏した老人が死んだことを確認し、安堵の息をつく。


「──終わりました、陛下。どうかご安心を。もはや世を憂う必要はありません。あとは、私が裁かれれば──」

「──おぬしは」

「!?」


 驚愕する。

 いま撃ち殺したはずの老人の死体が、粒子となって消滅する。

 代わりに、雲間の遙か上空。

 大空の上の上から、尊大で荘厳な……肥満体の老人の声音が、光のように降り注いできた。

 老人が、神が、言う。


「おぬしは、確かな奇跡を前にしても、神を信じないのかの? 手のひらより飯を生み出し、指先より酒を滴らせ、このように不死身であってもかの?」

「それでもだ。それでなおだ! ああ、私はだとしても信じない。おまえを否定する。八紘一宇は家族の理ゆえに!」


 誰もが神の下に、平等の家族であるというのなら。

 おまえは行き倒れたあの娘に、この屋敷でうめいている信者のために、神州すべての民のために、食事を余すことなく与えるべきだったのだ。


「だが、おまえは自分が満たされることだけしか考えていなかった。自分の都合で、私を何かに利用しようとした。ひとりで腹を満たしてなんになる……私は! 多くの人と飯を分け合う方が、何倍も晴れがましいのだ! ならば、否を突きつけるしかあるまい!」


 だから引き金を引く。

 届かないと知りながら、それでもこの邪悪を、ここで仕留めるために。

 老爺はここで殺さなくてはいけない奸邪かんじゃだ。

 文字通りに、世界を家族と言いながら、食い物にする奸賊だ!


「おまえが為すことが奇跡だというのなら、私は喜んで奇跡の誅戮者ちゅうりくしゃとなろう! 何度でも何度でも繰り返し、おまえの奇跡を否定してやろう! この世に奇跡などは存在しないと、理不尽も不条理も無用であると、証明してくれる!」


 引き金を引く、引き金を引く、引き金を引く。


 彼奴は苦笑を浮かべていたらしい。

 困ったように、私に告げる。


「あの少女……? 誰のことを言っておるのか、わしにはわからぬなぁ。あとで確かめるにしても、おぬしの周囲だけは雑音ばかりで見通せぬ」

「それこそ、万能の神ではない確たる証しぞ!」

「そこまでわしを否定するか、有木希戮。ならば、こういうことかの? おぬしは何も食べるものがないような地獄、分け合うべき盟友もいないこの世の果て。そこで、極限の飢餓を経験してなお、同じ言葉をわしに言えると。そう言うのじゃな?」

くどい!」


 一蹴すれば、神はあきれたようにまた嗤い。


「ならば、今一度同じ問いかけをするために、おぬしには別の世界で、生まれ直して貰おうかのう? 先に述べたとおりの、地獄で。心を失って、わしを求めるまで」


 なんだ?

 なんと言った、このれ者は?

 生まれる? 生まれなおす?


「それは、どういう」

「これもひとつの、詫びの形じゃ。おぬしが本気であれば、きっと過酷なその世界でも、再びわしと相まみえることじゃろう。そのときおぬしが何と言うか、楽しみにしておるぞ、有木希戮──」


 遠ざかる老人の声。

 最大級の警報が、脳内に鳴り響く。

 怖気が背筋に走る。

 だめだ、だめだ。このままにさせてはならない!


「廻坐ぁああああああ!!」


 私は咄嗟に、弾倉に残っていた銃弾を全て吐き出した。

 だが。


「ぐっ……!?」


 うめく。

 激痛が、左胸に走る。

 見れば、そこには大穴が開いており、血が噴き出していて。


「おのれ、おのれ神を騙る痴れ者め! 覚えていろ! 私は! 私は必ず、おまえを殺して──!」


 叫び声は空中にほどけ。

 老人の背後にあった〝門〟が、黒々とした奈落を、ゆっくりと開く。

 義憤という怒りを燃えさからせたまま、私の意識は〝門〟へと吸い込まれ──


 そうして、意識を取り戻したときには。


§§


「な──なんだぁああ、これはあああああああああああああああああああ!?!?!?」


 ──あらゆるすべてが機械に飲み込まれた世界で、目を覚ますことになったのだ。

 それも、巨漢の男などではなく。



 ──小柄で無力な、幼女として。

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