第四節 さよならの言の葉
「あたしは魔女! 導きの魔女ヴィーチェ・ル・フェイ! ゆえにキリクの、邁進する道を拓く!」
魔女の背面から、無数の刃が吹き出す。
それは彼女の両手の中で整列し、超巨大な刃を形作る。
刃はさらに伸長、拡大。
投身に、引斥力の力場を宿らせる。
「突破口はあたしが作る。だから、いけ好かないけど、廻坐乱主の巫女!」
「……ああ、解った! 筋道を立てるのは得意でな!」
オレもまた凶悪に笑いながら、キリクの身体に袖を巻き付け連結する。
「タイミングを合わせるわよ。3」
「2」
「1」
「「「ゼロ!」」」
『な、何デスじゃか!?』
下段から大きく振り上げられた超重力の刃が、復活しかけていた球体頭を切り裂く。
斬撃は止まらず、さらに沼を両断。
完全に振り抜かれた剣の上に、オレとキリクが飛び乗れば、魔女は怪力で振り回してみせる。
「うりゃぁああ!」
刃ごと射出されるオレたち。
雪崩落ちてくる沼の切れ間へ、オレは全力で功子を放出。
分解し、解析し、再現!
崩壊を固定し、できあがった間隙へと、袖で包んでいたキリクを思いっきり投擲する!
「婿殿!」
「心得た」
解き放たれる袖。
反動と、レイヴンの功子放出による再跳躍──ついにキリクは、沼の圏内を突破、脱出する。
くるくると回転する空中で、叛逆者は右手を沼の底へと向けた……!
魔女がつぶやく。
「請願を了解。右腕部装甲──展開」
音を立てて、
「左腕部による軸固定、よし。脚部アウトリガー固定、よし! 功子転換炉、臨界起動、よし!」
脚部アウトリガーが展開し、空中にキリクの身体を強制固定する。
胸部の勾玉状のリアクターがまばゆく発光し、功子が右手の砲身へと充填される。
「右腕チャンバー内圧、急速上昇」
右腕と頭髪が、放熱のために真紅に輝き。
荒れ狂った荷電粒子が渦を巻き、世界を揺るがす。
街中の人々が、まばゆく輝くキリクを見上げているのが、オレにだけは解った。
「照準をこちらに。トリガーをキリクに!
「応! 底なしの愚かさを、溢れるままに後悔せよ──!」
そして──光輝の槍が放たれる。
地下へと向かって!
「沼の底をぶちぬけぇえええええええええええええええええええ!!!」
閃光。
膨大な量の圧縮功子が高速回転しながら射出され、湖底の施設──そこにあった生命以外のすべてを破壊! ついに弩級構造体に風穴を開ける!
荒れ狂う奔流はとどまることなく、沼そのものも蒸発させていく。
「な、なんとデスじゃー!?」
沼と一体化していたスワンプマンが、濁流となって下層へと流れ落ち始める。
ふざけた光景だが、それはまごうとなく現実のそれだった。
背信者の企みは崩壊し、しかし資源は──住民はみな無傷のままに!
炸裂する功子に干渉され、すべての虚飾が取り除かれていく。
宝石とネオンサインに彩られていた無数の斜塔が、陽炎のように揺らぎ。
粒子となって、ほどけてゆく。
あとに残るのは、みすぼらしく薄汚れた煤煙の工廠のみ。
この街のそのものが、スワンプマンによって偽られた現実だったのだ。
「おっと」
先だって街外れに着地し、再度袖を伸ばすオレ。
落下してくるキリクを受け止め、ついでに沼の底から魔女を引き上げる。
オレたちの試みは、おおよそうまくいって。
そうしてひとつだけ、計算違いがあった。
「お、おのれデスじゃ! 実在したデスじゃか〝赤き竜〟! まさか、まさかこちらが吠え面をかかされるとは──こうなれば──道連れデスじゃあアアアアアアアアアア!!!」
なんと往生際の悪い。
最後の力を総動員し、スワンプマンは沼と完全に同化。嫌らしくきらめく鉱石の濁流となった沼が、こちらへと襲いかかってきたのだ。
津波となって押し寄せる宝石の波濤。
まずい。
キリクはすでに功子を吐き出しきって意識朦朧。
オレも功子残量が心許なく、魔女は信用できない。
どうする?
そんな逡巡は一瞬。
……ああ、多分オレは、このとき決定的に道を誤ったのだろう。
「こっちだ!」
魔女に向けて叫ぶと、彼女は心得たとばかりに、装甲が解除されたキリクを担ぎ上げる。
「巫女と兵器の搬送用に使う、下層への軌道エレベーターがある。オレの権限を持って、おまえたたちに基底領域への同行者としてのクリアランスを与える。だから」
「そこまで走ればいいわけね。それで、そのエレベーターは、何処?」
「あの瓦礫の向こうだとも!」
なけなしの功子を鈴鉾へと回し、瓦礫を分解。
キリクがブチ空けた構造体の亀裂から、さらにその先へと通路を作る。
ぶち抜いた構造体の先には、扉が!
「ニガサヌノですジャアアア!」
背後には迫り来る濁流。
縺れそうになる脚で、それでも必死に走って。
「……っ」
けれど、やはりキリクを背負っている魔女が遅れて。
「……なにするものぞ、恋心おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
オレは、彼女たちをエレベーターホールへと突き飛ばし、そして全力全開で袖を展開した。
それは堅牢な城砦と化し、濁流を一手に押しとどめる。
「ちょっ、巫女ちゃん!?」
「先に行けよ魔女。婿殿は、預けたからな!」
功子を爆発的に放出し、一時的に鉱石の水流を吹き飛ばす。だが、それも所詮は間に合わせ。
やがて押し寄せる水流に、触れた先から城壁が砕かれ分解される。
けれど、この想いは、心までは!
「巫女ゴトキガアアアアアアアア」
「何度も先立たれるなんてのは、ごめんなんでなァ!」
それよりもこの大罪、神への背信と認定するぞ、球体頭。
「被告スワンプマン! 被告球体頭! 判決──死刑! 愚劣なりし大罪人に、我が権限を以て極刑を言い渡す! 神になり損なった天魔よ、威光の前にひざまずけ。出来損ないが、分不相応を目指したと心得よ!」
「オノレ、オノレ、オノレ! 巫女までもわしを出来損ないなどと……! ええい、またも、またもわしは神に切り捨てられますデスじゃか!? おのれええええええええええええ」
「あまりに浅はかじゃ、あーりませんかぁ、スワンプマァァン!! 神罰執行──処刑に沈めええええええええええええええ!!」
最後の力を総動員し、功子を暴走させる。
荒れ狂う功子流は城壁を爆破し、宝石を砕き、スワンプマンを消し飛ばす。
だが、同時に濁流が流れ込み、オレの身体は水流の嵐へと飲み込まれる。
濁流に呑み込まれる前。
最後に見た光景、それは。
「巫女殿ぉおおおおおおおおお!!」
オレへと手を伸ばしてくれる婿殿の、決死の表情で。
「──ああ」
とてもあっけなく。
これ以上なく滑らかに。
ホールの扉が、ゆっくりと閉じて。
「また、すぐに逢おうな」
周囲の水流が、功子の運用に耐えきらず、昇華爆発。
オレは。
そうしてオレは。
すがすがしさに満たされた気持ちで、閃光のなか、意識の電源を落としたのだった。
自己犠牲。
グイネヴィア・ノウァ・ガラハドは、この瞬間に初めて、そんな感情を知ったのだから。
未知が、既知になったのだから。
「グッバイ、愛しい婿殿──」
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