第十章 地雷原のかやくご飯

第一節 地雷原と不思議な畑

「拡張刃衣戦術、第十一式──流星剣コメット・スター──逸天集誅いってんしゅうちゅう


 膝を抱えて座る私の前で。

 片腕のヴィーチェが、背面から刃を一枚だけ展開。

 指先をふるって操作しながら、少し離れた位置の床へと命中させる。

 次の瞬間、大爆発が起きた。


 周囲の大気が一息に焦げ付き、猛烈な勢いで酸素濃度が低下。

 音速を超えた勢いで、三千個ほどのボールベアリングが全方位へとまき散らされる。


「袖砦」


 巫女殿が無造作に展開した防御壁と功子皮膜が、ベアリングと爆炎を遮断。

 やがて、煤けた道ができあがる。


「ふぅ……これで四百六十個目!」


 爽やかな笑顔で、かいてもいない額の汗を拭うヴィーチェ。

 見渡す限り、地平の果てまでなにもない平面の区画。

 数日前にここへ辿り着いた私たちだったが、そこで立ち塞がったのが先ほどの爆発──地雷原だった。


 巫女殿に曰く、


「基本的に最下層──パパへの謁見を求める奴らは試練を潜ることになる。旅路は容易ではなく、困難であることに意味がある。ここまで来ればもうあと一息だが……無論、こんなところで脱落する輩には会神かいしんの権利などない」


 ということらしい。

 廻坐らしい悪趣味だが、それでもここを突破しないことには前に進めない。

 何せ一面、見渡す限りのすべてが地雷原なのだから、前に進むしかないのだ。


「爆破処理した地雷が、数時間後には再生しているの、悪意しか感じないのよね。まあ、ご丁寧なこと。すっごいむかつくわ」


 無限地雷原か。

 米帝との戦争中であれば、本土決戦で敷設するという手もあっただろう。

 持ち帰りたいなぁと、錆が酷くなるいっぽうの赤髪を、指先でもてあそびつつ考えるが、頭の大部分を占めていたのは別の感情だった。

 構造体にひびを入れるほどの爆発だ。


 その衝撃に巻き込まれれば、幼女である私の身体など、あっけなく砕け散るだろ。

 少なくとも、功子皮膜さえ纏わなければ、致命傷となり得るはずだ。


「私は……それを望んでいるのだろうか」


 ぼそりと呟けば、ヴィーチェがびくりと身体を震わし、巫女殿が困った顔をする。


「婿殿、気にすることではないぞ。あの程度は、よくあることだ」

「よくあるとは……なにがだ」

「食物連鎖じゃ、あーりませんか。パイプズマイも巨蟲も互いを食い合って、増えて減って、子を産んでまた食べる。それをセクタの住人どもが餌にして、増えて、減って、子を作る。珪素騎士がそれを収穫し、神は供えられた功子で世界を拡張する。これが、婿殿がいる世界のあらましだ」

「…………」

「ドレッドノート・ストラクチャーは弱肉強食。誰もが誰かの餌として成立する。この理は自然の不文律そのもの。ならば、歪める方がおかしいではあーりませんか」


 ……確かに自然界であれば、弱者は強者に喰われるのが必定であろう。

 私が食べる飯も、すべてはそうして刈り取ったものだ。

 いまも、生前も、変わることなく。


 戦時中の飢餓を思い出せば、生きるために飯を食うのは仕方がないことだとわかる。

 けれど、だからといって、ここで考えを止めてもよいものだろうか?


 生前ならば、飯に感謝こそすれど、ここまで小難しいことを考えることはなかったに違いない。

 飯は飯だと割り切り、いや……思考を停止していただろう。

 けれど、問題なのは、私がなにを食べたかということだ。


「私は……私は戦友を……食べたのだ……」

「だから、それは弱肉強食の──」

「戦友の守りたかったものを! その希望さえ踏みにじったのだぞ……!?」

「…………」


 激発する怒りと、おびえたように顔をこわばらせる巫女殿。


「……すまない。君に言うことではなかった。ただの八つ当たりだ、無様極まるな」


 失われた命は、当然戻ることはない。

 奪われた希望も、来るはずだった明日も、同じように戻ってはこない。

 どこかの部族は、人間を喰うという。

 飢餓に苦しんだ朋友達が、人を食ったという噂も憲兵であったとき耳にしたこともある。


 だとしても、それは免罪符になり得ない。

 空腹だから、私はリトーを殺したのではない。

 生き延びるために、彼を喰ったのではない。


 リトーを殺すために、結果として喰っただけなのだ。


 ……そんなもの、彼があまりに浮かばれないではないか。彼を愛したものたちが、納得するわけがないではないか。


 私は、罪深い。

 こんなにも、始末に負えない。


 だからだろう。

 ヴィーチェは黙々と、地雷の撤去を続けている。

 愛想を尽かされたのかもしれない。

 私が彼女でも、そうするだろう。


 自嘲気味に嗤いながら、彼女の背中を眺める。

 そっと背後から差し出されたピンク色の紙片。

 巫女殿が、いつかのペリモムを口にしていた。


「食べるがいい、婿殿。味は婿殿の料理に劣るが、功子は回復する。少しは腹も膨らむ」

「功子を回復させて、どうすればいいのか」

「功子が尽きれば死ぬぞ? 死ななくとも、もう一度暴走するのか。であるなら、オレはこの手を引っ込めるが?」


 暴走。

 カミツキ・システム。

 厄災の匣。


 極大の厄ネタが、どうして私の身体に仕込まれていたのか。私はまだ、ヴィーチェに聞けずにいる。

 あんな危険を抱えたままで、これまで戦ってきたのだと思うと、ずいぶんな綱渡りだったと口元が歪む。

 そして、自分の足場が蜘蛛の糸一本だと自覚したのなら、一歩も前に進めなくなる。


 私は、その程度の臆病な男なのだ。

 男。

 いや、日本男児ですらない、幼女。


 戦う力を外付けされた、か弱い幼女。

 悪食キリクの、それが現状の本質だ。

 だとしたら、何のためにこの力はあるのだろうか?


「知れたこと」


 廻坐乱主を斃すためだ。


 ──なんのために、廻坐乱主を斃すのだ?


 ふと胸中をよぎった疑問は、これまで努めて無視してきたことだった。

 そうだ。

 ここは神州秋津島日ノ本の国ではない。


 確かに廻坐乱主は悪逆非道で、除かなければならない邪悪だ。

 けれど、この世界で彼奴は、唯一の神ではないのか? ことわりそのものではないのか?

 私の一念、私の身上だけを理由に、本当に殺してもいいものだろうか?


 それ以前に──暴走するようなていたらくを晒す私が。

 このか弱い幼女が。


 あれほどのバケモノに、一矢報いることが出来るだろうか……?


 キャスと戦ったとき、降臨した神の姿を思い出し、いまさら震えがやってくる。

 恐ろしい邪悪。

 おぞましい奸悪。

 けれど、この世界は彼奴を中心に回っていて。


「わからない……」


 思考の堂々巡り。

 結局、私は巫女殿が差し出す食料に手をつけることも出来ず、膝に顔を埋めてしまうのだった。

 ぐぅー……と、腹が鳴る。

 なにも考えたくなってしまう。


 できることなら、このまま消えてなくなりたい。

 やはり、自ら地雷原に飛び込んで──


「見つけたー!」


 突如、魔女が大声を上げた。

 のろのろと顔を上げると、彼女は歓喜の表情を浮かべて、遠方を指差している。


「なにを見つけたというのです、この魔女め」

「黙ってなさいよ駄巫女」

「オレのどこが駄巫女だ、せめて〝婿殿に愛されルックスの駄巫女〟と言え」

「ちょっとスレンダーな身体してるからってキリクを誘惑しないでくれる? なによ、ハーネスなんかで圧迫しちゃってさ!」

「ああ、この巫女巫女ハーネスは特別製でな、伸縮自在の素材フェムトファイバーで出来ていて」

「巫女巫女ハーネス!?」


 なにそのクソダサネーミングとヴィーチェが驚愕しているが、どうでもよかった。

 ただ、少しでも頭の中のぐちゃぐちゃを追い払いたくて、彼女に問いかける。

 なにを見つけたのかと。


「そーなのよ! 見つけたのよキリク!」


 彼女はある方向を指差しながら、喜びいっぱいにこう言った。


「ロボットの畑が、まだ残ってたの!」


 言葉の意味がわからず、示された方向へ視覚を目一杯拡張する。

 そこにあったのは。

 あったのは──


「黄金の、海」


 瞠目し、呟いていた。


 たわわに実った稲穂畑が、視界いっぱいに揺れていた。

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