第四節 兵器製造都市の住民たち

 街を行き交う住人たちは、いつ来てもその姿を変えることがない。

 みな一律に同じ格好をしているので、実に退屈だ。

 けれど、街の景観は変わり続けていると、オレは唸る。


 はじめはなにもない区画だった。ただ、沼があるだけの街だった。

 しかし、いまはどうだ?

 空中を泡の輸送船が行き交い、地には大量の住居と住民、そして〝輝き〟が満ちている。


 球体頭が身に纏う希少金属のように。

 建ち並ぶ斜塔たちは美しい結晶体や、ネオンサインで彩られている。

 ただの工場でしかない街は、なぜだか宝石の国のように煌びやかだ。


 オレはそんな街のなかにある、ひとつの〝港〟を訪れていた。

 ひとりではなく、叛逆者と連れだってだ。

 人目を忍んでのことで、ロールシャッハ布と呼ばれる印象迷彩をふたりして頭から被っての散策だった。


 なにせオレ、有名人だからな。

 出歩くだけで、住民たちが傅いちゃうからな。


 さて、いくつかある〝港〟には、いつもひっきりなしにバブルタンカーや運搬車輌が走り込んでくる。

 なかには磁場嵐にやられたものが、紫電をまき散らしながら突っ込んできたりもするが、それすら日常茶飯事だ。

 機械的な住民たちは、手続きマニュアルの通りに消火を行い、積み荷を降ろす。

 輝く街並みと、燃えさかる輸出船のなんと、アンバランスなことか。

 うむ、ハプニングは歓迎だ。未知というのは、心地がよい、


「積み荷とは、なんであるか?」

「資源だ」


 同伴者の小さな問いかけに、オレは言葉少なに返答した。


 上層で珪素騎士が仕留めた〝資源〟。

 多脚戦車たちが集めてくる〝資源〟。


 それは例えば、巨大昆虫の甲殻で、金属を多分に含有している。

 精錬すれば戦車などの外装に用いることができるし、金に代表されるレアメタルは、集積回路に用いる。

 下層からオレらが運んできた海洋性大型哺乳類は人工筋肉に加工され、戦車の駆動部となる。


 それらの再構築全般を行っているのが、あの〝沼〟だ。

 虹色に輝く沼は、比喩として液体であり、実際は巨大な製造プラントなのである。

 沼へと投げ込まれた資源は分解され、再構築され、兵器として出荷されていく。

 その効率が、最大まで高まる時刻がまもなくだった。


 さて、どれだけ忙しくなろうが、住民どもの役目は変わらない。

 すべての住民たちは工廠で働き、交代制で休む。

 休んでいるあいだ、何をしているかといえば──


「これは、どういうことか、巫女殿」


 険しく眉根を寄せた幼女が──そんな顔もどことなく愛らしい──オレに詰問のような言葉を向けてきた。

 けれど、驚くようなことでもないので、あっさりと返答する。


「全員ラリッているに、きまっているじゃ、あーりませんかァ」


 そう、休んでいる住民たちは皆、沼から伸びる〝へその緒〟を腹に突き刺して、忘我の境地に至っていた。

 〝へその緒〟は沼と直接つながっており、そこにN-verコードのアンプルを差し込むことで、情報ドラッグを浴びることができるのだ。

 彼らの頭の中は、いま文字通り情報の波に押し流されているところだろう。


「何のために、そんなことを……」

「長く生きるとは、刺激に対する耐性の獲得だぜ、叛逆者。刺激がなくなれば、精神が死ぬ。だから、こうやってより過激な刺激に身を任せる。すり切れ摩耗したパーツを、精神の部位を、真新しい刺激で刷新し置換していくというわけです」


 それは……と続けた叛逆者が。

 逡巡のうちに、言葉を飲み込んだ。


「洗脳だと言いたいのなら吐き出せばいい。記憶を染め上げ直すのだ、染色洗脳、違いはあるまい」

「……知悉しているな」


 当然だとも。

 この情報ドラッグを配布しているのは、オレなのだ。


「巫女殿は、廻坐乱主に心酔しているのか。それとも洗脳されているのか」

「どちらでもないと、明言してやろう。カイザーがオレに命じたことなど、一つしかない。即ち『世界を知れ』だ」

「世界を知って、廻坐が邪悪だとは思わなかったのか?」

「欠片も思わなかった」


 神は常に、住民たちに慈悲を与える。

 見るがいい、多幸感に満ちたミニオンたちの姿を。


 幸せとは、ああいうものを言うのだろう?

 これまで巡った構造体、オレが見聞きするのは、誰もが畏れ崇めるカイザーの姿だった。

 絶望と苦難の中で、救いを求め神にすがるものたちの姿だった。


 カイザーはそんな住民たちに神秘と奇跡を与え養ってきた。

 その姿は家族のおさ、天夫神の名にふさわしいじゃ、あーりませんか。


 誰もがそうだったのだ、であれば正しいのはカイザーだろう。

 オレはそう経験し、学習した。

 だから、神秘体験に打ち震えるミニオンたちに、オレはわざわざ興ざめの言葉を吐くつもりはない。


「惨い」


 けれど、彼女はそう思わなかったらしい。

 ヨダレを垂らし、恍惚の表情で痙攣する住民から目をそらさないまま、唇を噛み締めている。


 桜のようにうつくしい口唇が、ぷつりと噛み切られ、真っ赤な血がこぼれ出す。

 ……舐め取りたいなァとか、思った。

 そうやって、惚けたのがよくなかったのかも知れない。


「あぶない!!」

!」


 作業中に、転倒した住民がいた。その上に、鉄骨が降り注ぐ。

 叛逆者は制止する暇もなく、ロールシャッハ迷彩を脱ぎ捨てて、その中に飛び込んでいってしまった。


 おいおい、隠密行動するための、印象迷彩なのですが?

 ハプニングを歓迎とはいったものの、予定にないことされちゃうと、困ってしまうじゃ、あーりませんか。


「君、大丈夫か!?」


 間一髪、住民を抱き上げてその場から避難した彼女が声をかける。


「あー、うー……?」


 けれど、あたりまえの話、住民はまともな反応を返せない。

 どうしてだと彼女がオレを見るが、肩をすくめるしかない。


「教えたはずだぞ叛逆者。そいつらは、すり切れているのだとな」


 もはや自我に類する精神性などない。

 ほとんどの刺激に無反応。

 誰もが交換可能な消耗品で、機械的に仕事をこなすだけの工夫ミニオンが、彼らなのだ。

 神すらこいつらの肉体を救うつもりはない。

 だというのに、叛逆者はまた唇を噛む。


忸怩じくじたる思いだな。なにもしてやれないというのは」

「たとえ助けなくても、こいつらは死ねないのさ。すぐに沼が再構築する。まったく、虚無々々しいの骨折り損だ」

「だとしても、私は──うん?」

「なんと」


 オレは、金黒のおめめをぱちくりとした。

 あまりに意外な光景が、飛び込んできたからである。

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