第二節 人工子宮と珪素騎士

 穴倉の最奥に辿り着いたとき、私は横っ面を殴られるような感覚に襲われた。

 思わず、よろめく。


 あまりに衝撃的な光景が、眼前に広がっていたからだ。


「これは、〝おれ〟。〝おれ〟の母」


 〝彼〟が、ろくに上がらない肩を使い指差すのは、液膜状の巨大な機械だった。

 縦にも横にも、人の三倍ほどもありそうな半透明のに、無数の機械が接続されている。

 クラゲの頭にはすぼまっている形状の穴があり、そこからはちょろちょろと黄色く色づいた液体がこぼれ落ちていた。


 内部では、なにかが。

 小さな、手のひらほどのなにかが、ゆらゆらとうごめいていて。


「うまれる、〝おれ〟が」


 〝彼〟の言葉を、私は理解できなかった。

 否、理解を拒絶したのだ、反射的に。


 クラゲの全身が蠕動ぜんどう

 次の瞬間、すぼまりが大きく広がって、ごぽりと〝それ〟が排出される。

 〝彼〟が、粘液にまみれた〝それ〟を、愛おしそうに抱き上げた。


 それは。

 それは。


『……キリク。正気を保ってください。この世界でこの程度のことは、はっきり言って日常茶飯事です』


 ヴィーチェ・ル・フェイの言葉に、私は奥歯をギリギリと噛み締めた。

 〝彼〟が抱き上げたもの。

 それは、胎児だったのである。

 いびつな体つきをした、嬰児だったのだ。


 ぐらりと、自分の常識が、道徳が、倫理がきしみをあげるのが解った。


 ここまで覚えていた既知感が、一瞬で明瞭な形をなす。

 〝彼〟が名前を持たない理由。

 そして、自分と家族のことを執拗なまでに〝おれ〟だと、一緒くたに語るのは、つまり──


『彼らはクローンです、キリク』

「くろーん……」

『あの機械は、人工子宮。FAJ──赤備えの拡張躯体をリアクターに使った、生物の複製を作る装置です。それで、長い年月、自分たちを複製してきたのです。一本の苗木を枝分けし続けるように、桜を接ぎ木し続けたように、ずっと複製を続けてきたのです。その間に遺伝情報が摩耗し、劣化し、畸形の自分しか生み出せなくなっても』

「────」


 絶句していると、人工子宮の前に数名の〝彼〟らが現れた。

 どの人物も、ほかの者たちより齢を重ねているように見えた。

 〝彼〟らは無言のまま、人工子宮の前に立ち。


 次の瞬間、クラゲが彼らに噛みついた。


 飲み込まれ、取り込まれ。

 人間としての形が、溶液のなかで瞬く間にほどけてなくなる。

 悲鳴を上げる暇もない。


 ああ、と。

 否応なく理解させられる。

 老人がいなかったのは、こういうことなのだ。

 〝彼〟らは──自らを資源として、栄養として、子どもたちを生み出していたのである。


「……ぐ」


 私は、その場に膝をついていた。口元を押さえ、胃の腑からこみ上げるものを必死に押さえ込んでいた。

 クラゲはまた収縮運動を繰り返し、あらたな嬰児を産み落とす。

 生まれたばかりの命が、なにかをもとめて、小さな小さな手を伸ばす。

 私は、無意識に手を差し伸べて──


『──ッ!? キリク!』


 ヴィーチェ・ル・フェイが、なりふり構わず叫ぶのと。

 最大限の警報が私の中で鳴り響くのは、ほとんど同時だった。


「あ、ぎぎ……あぎ? あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 〝彼〟が絶叫をあげる。

 

 その全身を、メチャクチャなモザイクが汚染し、上書きし、蹂躙し──そして置換される。


「やめ……かみさま……たすけ、なんでこんな……ああああああああああああ──。よしよし。転移は成功だな」


 そこに。

 〝彼〟が居た場所には、奇妙な存在が立っていた。


 青白いを通り越し、色のない肌を持つ男。

 錯誤的な蛍光色の西洋甲冑で上半身を覆い、下半身は足首まで隠れる前垂れで隠している。

 足は人のそれではなく、二輪車の車輪のようであり。

 ガチャン、ガチャンと音を立てながら、鎧で覆われた肩を、斧槍のごときもので叩いている。

 肩から伸びるのは、角とも牙ともわからない、禍々しい一対の刃──


 そいつは、ゴギリと首を鳴らすと。

 自分の足下に嬰児が転がっているのを見つけ。

 ニタァっと、顔を歪ませた。



 踏み潰した。

 グチャリ。


 車輪が回る。水っぽい音が響き渡る。

 赤黒い挽き肉が、できあがる。

 ひどくあっけなく、生まれたばかりの命が消滅する。


 挽き肉をひとすくい、指先でつまんで口元に運んだそいつは。


「うーむ、やっぱ薄味だぜ、こいつらは。巫女ちゃんへの献上品にはほど遠い出来映えだな」


 真っ赤に唇を汚しながら、私たちをあざ笑った。


「さて、おまえさんが叛逆者か? いいぜ──鏖殺ミナゴロシタイムだ!」

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