第七節 沼底3分クッキング

 弩級構造体の励起領域と基底領域──つまり、上層と下層は交わらない。

 絶対的な隔壁、絶圏ぜっけん、虚空が、その間を閉ざしているからだ。

 例外的に、珪素騎士は分解してカイザーに転送して貰い、オレは徒歩とエレベーターで移動する。


 だから普通、階層とセクタごとに習慣は異なり、それが混じることはない。

 料理などと言う概念は、広がることがないのだ。

 ……けれど彼女は、どうやらその例外に当たるらしい。

 たまさかここが、弩級構造体の中間というのも、一因なのだろうけれども。


 叛逆者はキョロキョロと周囲を伺うと、重低音を響かせる原動機のひとつに目をつけた。

 無数の配線が連結され毛虫のようになっている原動機に、彼女は躊躇うことなく手をかける。

 ……重量にして、優に彼女六個分ぐらいありそうな原動機が、ぶちぶちと配線をちぎり取られながら引きずり出されるのは、なかなかに壮観だった。


 幼女の膂力ではない。

 おそらく、功子を応用して、身体能力を底上げしているのだろう。


 さて、機能が停止したエンジン。

 彼女は腰のサーベルを鞘ごと引き抜くと、持ち手の部分でガンガンと配管を殴りつけ、ついに一部分を剥離させる。

 もげたのは、ラジエーターであるように見えた。

 それが終わると、今度はむき出しになった配線同士をショートさせ、火をおこす。


「功子転換」


 小さなつぶやきとともに彼女が手をかざすと、床面に対して功子が作用を開始。

 紫電とブロックノイズをまき散らしながら、寸胴鍋のようなものを作り上げる。

 というより、まるっきり寸胴鍋じゃ、あーりませんか、これ?


「おいおまえ、何をするつもりだ、不穏が過ぎるぞ?」

「簡単だ。有機配線を茹でる」


 茹でる!?

 胡乱な臭いに黒金のおめめを見開いてしまうオレの前で、叛逆者の本格的な調理がはじまった。

 ラジエーターから蛍光色の不凍液を取り出すと、即席寸胴鍋のなかにそそぎ、火にかける。

 それから、彼女は強化プラスチックの容器を取り出した。なかには、紫色のどろりとした液体が満たされていて。


「ナニソレ……ナニコレ……」

「パイプズマイの消化液だ。不凍液はそのままだと毒だが、この溶解液と高温で反応させることで、なぜか飲めるようになる。おまけに甘みも増して一石二鳥だ」

「その、飲めるようになった溶解液で?」

「ああ、有機配線を茹でる」


 言うな否や、彼女は剥ぎ取っていた配線の絶縁質を鍋に投げ込みはじめた。

 なんたるMAD。

 これはいくら何でもくるってる。


 かつてオレにも、身の回りの世話を焼いてくれる従者がいた。

 あれもいろいろと凝り性ではあったし、多少頭のおかしいところはあった。

 功子は補給さえできればいいから、その辺の住民を喰えばいいと言ったときはドン引きしたものだが……この叛逆者、それ以上に莫迦過ぎる!


 オレが白目を剥いている間に、叛逆者はさらに功子を使用。フライパンを作り出す。

 そこに重廃油となにか、茶色い液体をポトポト入れて混ぜ合わせる。


「そ、れ、は」

「バグジュース。醤油のような調味料だ。出汁も出るから、白だしが近いか。重廃油は、バターの替わりだな」

悪食グロスイーターが過ぎるぞ叛逆者ァ!?」


 卒倒しそうになった。

 だが彼女は頓着しない。

 それどころか、いまにも鼻歌でも歌い出しそうな調子で、調理を続け。

 とうとう佳境へと至る。


 ゆであがった配線が、フライパンの上でソースと絡められる。

 不凍液はそのまま煮詰められ、コップに注がれた。


「さあ、完成だ。配線の炒め物と温かい不凍液!」


 彼女は、それをオレへと差し出して。

 満面の笑みで、こう言った。


「お粗末さまだが、召し上がれ?」

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