第三節 似姿~創造物~

 ナニコレ?

 と、理解を拒絶することはできず。

 故にこそ、オレは絶叫し問いかける。

 神よ、カイザーよ、造物主よ。


「パパは、どうして──オレにこんなことをさせるんだ……っ」


 目の前で膝をつくのは、背丈の伸びた叛逆者。

 その胸をぬらす赤色の液体は、目をそらすこともできないオレの罪の証。

 この手に握られた鈴鉾は、確かに彼女の胸を貫いていた。


 オレがやったのだ。

 やったのはオレだ。

 まるで人形のように、身体を操られて。


「どうしてか、といわれてものう」


 今更なにを? 語外にそんなニュアンスを含ませながら、パパは言う。


「このために、グイネヴィア・ノウァ・ガラハドは作られたのじゃからな」

「……婿殿を、殺すために」

「いいや、わしは告げたはずぞ? 世界を知れと」


 そうだ。

 パパはそう言ってくれたじゃないか。

 オレに世界を知れと、万象を理解しろと祝福をくれた。

 だから、たくさんのものを見て、たくさんの声を聞いて、そして婿殿という陽だまりの匂いを、オレは見つけて。


「あたたかな匂い! パパと同じ、ひとに恋をして──」

「まあ、当然じゃろう。なにせグイネヴィア・ノウァ・ガラハドという躯体は、わしのスペアに過ぎぬのじゃから」


 ──?

 何を言っているのですか、パパ?


「じゃから、スペアじゃよ。戯れにわしの因子を別け、魔女に作らせた複製品。それが出荷型番グイネヴィア・ノウァ・ガラハドじゃ。計画通り、功子の制御と功子転換までは至ったが、やはりその先には突出せんでな。ならば有木希戮中尉の最終試練に使おうと、放置しておいたまでよ」

「────」


 オレは、スペア?

 いくらでも代わりの効く、婿殿の当て馬?

 ……だとしても。

 そうだとしても、オレの心は。

 キリクを思う恋心は……!


「それも、わしの模造品だからじゃ。そりゃあ、有木中尉に惹かれもする。その特性も利用して、魔女が裏切った場合、ここまで連れてくるようにも設定した。ことほどさように、はただの贋物に過ぎぬわけじゃな」


 うそっぱち。

 虚構。

 ニセモノ。


 オレを構成する全てのものが、はじめから仕組まれたもので。

 心さえも、本物ではなく。


 だったら……。

 だとしたら、オレはなんなのだ?

 オレという、この自我は──


「功子を使うために有用なオペレーションソフト。それ以上でも、それ以下でもないのう」

「──っ」


 砕ける、大切ななにかが。

 溢れる、両目から、緑色の雫がいくつも滴る。

 なにもない。

 オレの中にはなにもない。空虚。

 虚無々々しかったのは、他の誰でもない。見下していた、住民たちなどではない。

 このオレ、自身で。


「────ッ」


 声もない絶叫とともに、オレを絶望が支配する。

 パパが。

 オレのオリジナルが。

 神が、右手を掲げた。


「それでは、大儀であったな、わしの分御霊わけみたまよ。最期に本分を全うして貰うぞ? 故に、まずは死して──」


「黙って聞いていれば、反吐が出るな──邪悪」


 ハッと、目を見開く。

 星の内海に響いたのは、凜とした鈴の声。

 苦しげ息の下からなお吐かれる、炎の言葉。


 婿殿が身体を震わせながら、俯いたまま、強い言葉を放っていた。


「巫女殿が好きに問うことができるようにと口をつぐんでいたが、聞いてみれば一聴にも値せぬ妄言よ。さて、何処まで邪悪に身をやつせば気が済むのかこの外道めと、嗤いすらこみ上げてくる」


 ずるりと、彼女の心臓から、鈴鉾が抜ける。

 どくん、どくんと脈動するそこからは、大量の血液が溢れ。

 しかし、そんなことは気にするまでもないと、彼女は顔を上げた。


「グインはグインだ。私の大切な友達だ! 故に、彼女を泣かせる邪悪よ」


 黄金の瞳が、まっすぐに神を直視し。

 いま──吠える。


「やはりおまえを、生かしておくことはできんぞ、廻坐乱主!」

「啖呵をもう一度切ってみせるか、有木希戮中尉!」


 ブルブルと、パパが震えた。

 たぶん歓喜に。


 カッと見開かれる緑の両眼。

 瞳孔が横へと開き、一文字となって禍々しい光をほとばしらせる。


「今一度問うぞ──未来永劫餓えることのない食事、不老不死、神としての全知全能を、おぬしは欲しくはないか! 求めるならば与えるぞ。この世界とて、おぬしの自由に作り替えられるぞ! ともに、世界を謳歌しようではないか!」

「否である! おまえから与えられるものなど、ひとつとして受け取るつもりはない……!」

「ならば!」


 パパが。

 ずっと掲げていた右手を。

 振り下ろした。


「無理矢理にでも、ウンと言わせてやるまでぞ!」

「!?」


 刹那、オレの頭上から大質量が降り注いだ。


 とんでもない量の、銀色の流体。

 無量大数の星の輝き、宝石の塊。

 怖気の走るような悪臭を伴う、功子の塊。


 これは、この臭いを、オレは識っていて……!


「ス──スワンプマン!?」

「SOUデスじゃ──いまKOSOひとつに──なるデスじゃYO──巫女さまああああああああああああああああ!!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 全身に強制的に侵入してくる莫大な功子と悪臭に。

 オレの意識は、途絶して。


「グインンンンンンン!」


 伸ばされるキリクの手さえ。

 届かなかった──

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