第七節 功子差動増幅飾帯 ~アンプファイヤー・マフラー~

 ──ゾブリ、と噛み砕かれた首筋。


 突き立てられた牙から、マグマのように苛烈なナニカが流れ込み、脳髄を侵食する。

 もっと、もっとその熱が、痛みが欲しくて。

 私は自分の細首を、握りつぶす。


暴食器官アンボトム・グラトニー活性開始ハザード・オン


 響き渡る、ヴィーチェとは異なる合成音声。

 身体が燃えるように熱く、気が狂うほどに冷たく研ぎ澄まされる。

 意識が──ただ、戦闘のためだけに、統制される。


功子差動増幅飾帯アンプファイヤ・マフラー──〝暴食狼フェンリル〟の名を持つ、キリクの拡張躯体。ごめんなさい……キリク……きっとあなたは、これから苦しい思いをする。でも……それでも!』


 皆まで言うな、ヴィーチェ。

 まったく、魔女らしくもない。


「今日が明日を作るなら──」


 そのためなら、どんな代償だって、受け入れてみせる。始末に負えない私でも、貴様となら前に進める。

 だから、私に力を貸せ、ヴィーチェ。

 私の想いに、応えて見せろ──赤備え!


「──オォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 咆吼した。

 狼のごとく、高らかに。


 首筋に同化したフェンリルから、体内で荒れ狂う膨大なエネルギーが排出。

 それは風がなくともはためくマフラーとなって、私の首筋を彩る。


 たったそれだけ。

 それだけのことで。


「叛逆者!」


 珪素騎士が危機を感じ、こちらへと殴りかかる。

 速い。これまでよりもずっと迅い。

 けれど、捉えきれる!


 相手の腕を掴み、思いっきり手前に引き寄せる。

 同時に渾身の力で、彼奴の顔をぶん殴る。

 拳がぶち当たる瞬間、体内の功子を爆発させれば、そのの半分が、焼けただれて燃え上がる!


「がはぁ!? た、ただの拳で、小官の皮膜が貫通された!? ちがう──功子自体が消滅して──ならば、上を取れば!」


 空間に糸を張り巡らし、それ踏み台にして跳躍する珪素騎士。

 近接が不利と判断し、すぐさま機動戦闘へ切り替える頭は、無能のものではない。

 やつは鞠のように何度も空中を蹴り、次々に角度を変えてみせるが。


 ──だから、どうしたというのだ?


 脚部アウトリガーに功子を集中。

 珪素騎士とは異なる原理で、


「げ──解せぬ!?」


 おまえが理解できるかどうかなど、知ったことか。

 空間に作用し、反発力を産み、私は彼奴と同じ速度で、不格好に空を駆ける。


 アウトリガーが空間を蹴りつけるたび、私の矮躯がはじき飛ばされ、いびつな軌道を宙に描く。

 何度も空中で激突する私と珪素騎士。

 炎の爪と、功子の拳が正面からぶつかり、どちらも砕け散る。


 再生の間に──再生能力も、この状態では格段に上昇していた──蹴りを繰り出し、同じように対消滅。

 本気の表情で、珪素騎士が掌を大きく広げ、私へと振り下ろす。

 指先からほとばしった炎が、投網となってこの身を拘束。

 振り千切ろうとするが、そのたびに身体が焼かれる。


「たりない」


 たりない、たりない、たりない。

 もっと、もっとだ。もっと私に、力を寄越せ、赤備えの鎧よ!

 貪食どんしょくのフェンリルよ!

 首筋を両手で握り、折れよとばかりに力を込める。


安全弁解放パンドラ・スライド──暴食昂揚エスカレート・バイト


 狼のアギトが再び閉じられ──激烈な飢餓感が私の闘争本能を掻き立てる……!

 脳裏を焼く渇望に呼応し、功子差動増幅飾帯マフラーがはためいた。


 そのたびに、リアクターの出力が爆発的に上昇。

 出力は指数関数的に跳ね上がり。

 二度揺れれば前よりも高く、三度揺れれば……遙かに遠く!

 功子残量が壊滅的に燃焼されると同時に、瞬間出力が爆発する。


 投網の靱性が限界を迎え、ついに私は引き千切ることに成功する。

 そのまま、驚愕に目を見開く彼奴へと飛びかかる。


「功子の深淵を補うために、毎秒ごとに階乗の功子を強制放出させる装置を使用するなど──貴君は正気か!?」

「無駄口に、付き合う程度にはなぁああああああ!!」


 装甲が、功子の放出に耐えられず崩壊を始めるが、かまってなどいられない。

 ありったけの意志を総動員し、気息を調節。

 荒れ狂う功子を右拳に一点集中し、珪素騎士へと炸裂させる!


「これで幕切れだ、キャスパ・ラミデス! 名前は──覚えておいてやる!」

「これが、創世神話の赤き竜!? 偶像の雛形──ふ、不合理であるうううううううう!!」


 階乗の階乗、そのさらに階乗の階乗の階乗──途方もない瞬間出力の功子が、濁った光の濁流となり、空間ごと珪素騎士を飲み込んで──!


「なっ──」


 そして、私は言葉を失った。

 間違いなくこれまでで最大の一撃。

 理論上耐えうるものの存在しない、完全なる作用効果。

 それを、珪素騎士は片手で受け止めていた。


「──否」


 違う。

 違う。

 ……チガウ!


 この俯いているは、珪素騎士などでは断じてない。

 この、全身を漂白したように白く染め上げるナニカは。

 まさか。

 まさか、おまえは──


「──感動の再会じゃな、〝有木ありき希戮きりく〟中尉?」


 顔を上げた珪素騎士が、両目を開いた。

 そこにあるのは、緑色の眼。縦ではなく、横に開いた邪悪な瞳孔。

 愉悦に笑うその声は。

 ああ、聞き間違えるわけもない白き老爺の!


廻坐かいざ乱主らんすぅううう!!!」


§§


「おうともさ! わしことわし、廻坐乱主じゃ。元気しとったかのう?」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 にこやかに笑う怨敵の顔面に、ありったけの殺意を込めて拳を叩き込む。

 だが、びくともしない。

 蹴りつけ、投射し、左腕の刃で切り裂いても。

 綽々しゃくしゃくたる余裕の笑みが、消えることはない。


 ならば、ならばならばならば!

 さらなる力を寄越せよ、フェンリル!


『キリク! それ以上は今度こそダメ! 功子が枯渇した状態で差動装置が暴走したら、あなたは自我を喪失する! キリク、あなたを! あなたを二度も失うなんてあたしには──』


 視界の中で妖精が泣き叫ぶが、どうでもいい。

 いま私がすべきことは、目の前の悪神に牙を突き立てること。

 そのためなら、悪鬼羅刹となってもかまわない。

 髪の毛を功子で無理矢理操作し、首をへし折る!


 ゴギン──ッ!


限定全解除アンリミテッド──鏖食無惨開始グライラ・オン──カミツキ・システム、起動』


 激発した飢餓感のままに功子を噴出。両目が真っ赤に充血を始める。

 両手を塞がれた私は、折れた頭を思いっきり引き反らし、真っ正面から頭突きを叩き込む!

 爆発する閃光。

 ぶつけ合った額の先で、廻坐が笑った。


「その様子じゃと、楽しんでくれているようで何よりじゃ。相変わらずおぬしの周囲はノイズが酷いが。まあ、いまさら詮無きこと。久方ぶりの再会じゃし、遊んでやりたいのは山々じゃが……」


 笑う珪素騎士の身体は、まるであふれ出す力に耐えかねるようにボロボロと末端が崩壊し始めていた。

 それでなお、強大な威圧感が失われることはない。

 白い輝きが、いっそう強まる。


「見ての通り、この端末ではわしの情報量を受け止め切れん。おぬしもそろそろ限界じゃろう。ゆえに、手短に用件だけ伝える」


 偽りのカミが告げる。

 真に神であるかのように、託宣を。


。おぬしの憎悪が変わらぬか、確かめに来ただけのな。おぬしにあの問いをかけるのは、ゆえにいまではない。おぬしが決断を下すのは、いまではないのじゃ。葛藤せよ、渇望せよ、惑乱せよ。わしは何処にも行かぬ。このドレッドノート・ストラクチャーの最下層、〝禁裏〟で待っておる」


 怨敵が、言う。

 完璧になってからやってこいと。


「最低限、たりない拡張躯体はすべて集め、そして功子に熟達せよ。なぁに、水先案内人は用意しておく。再会の日を待望せよ。その暁には、歓待してやるからのう」

「廻坐乱主! 殺す、殺してやる! 私は、いまここで、おまえを……ッ!」


 殺意だけで神をも殺せるなら。

 私はきっと、彼奴を殺しえた。

 だが……そうはならなかった。

 廻坐は好々爺のように目を細めると、私を突き飛ばし、またも気にくわない笑みを浮かべたのだ。


「おおう、おおう。ここまで情熱的に求められるのは気分がよいものじゃが──要件は終わりじゃ。珪素騎士キャスパ・ラミデスよ。撤退せよ」

「か、カイザー! しょう、小官は、まだ」

「口答えは許さん。まだおまえには使い道があるのだ。ゆえに──最後に花火でも、咲かせてみせるがいい。うむ、これを以て恩赦、祝福とする!」


 廻坐の口から、二種類の声が漏れ出した次の瞬間。

 彼奴の全身が、白銀の輝きを放ち。


「では、楽しみにしておるぞ、有木希戮中尉?」


 そして静かな爆発が、すべてを塗りつぶした。

 視界いっぱいを染め上げる銀光。


 装甲が蒸発し、意識が消える中。

 私が最後に見たのは、憎き神の姿ではなく。


『キリク──キリク──絶対に、死なせないんだから──ッ──』


 私に覆い被さる、ひとりの乙女の姿だった。


§§


 その日、巨蟲猟師の村は、周囲三万七千ブロックを巻き込んで、消失した。

 弩級構造体から、完全に消し去られた。

 住民達の生活の痕跡どころか、磁場嵐さえ吹き飛ばされ、生存者は皆無であり。

 あとにはただ。


 奈落のような縦穴が、何処までも広がっているだけだった。

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