第二節 復活の蒼銀

「妙案がある!」

「拝聴するぞ、婿殿!」


 先行して飛来するドローンを、鈴鉾とレイヴンで迎撃しながら、オレたちは会話を交わす。


「じつはこの局面を突破する案が、私にはない。無策だ!」


 死ね!

 と反射的に罵倒しそうになったが、彼女には続きがあるようだった。


「だが、妙案を持ちうる存在に、私は心当たりがある。君には、そのひとをよみがえらせる役割を担って欲しい!」


 ……報酬の前倒しという訳か。

 割に合わないにもほどがあるが──それしかないというのなら、乗ってやる。


「まったく以て傲慢な婿殿だ、尻に敷くのも楽ではなさそうだな」

「婿になったつもりはない」

「ここまでつれないと、是が非でも欲しくなる。オレの者だぞ、婿殿は! さて、リソースは十分にある。首を貸すです。あとは」

「時間を稼げ、だろう? 任せて桶屋の儲けもの。遅滞戦闘は、得意中の得意だ……!」


 いうなり、彼女は首の入った袋をこちらへ放り投げ、弾かれたように兵器の群れへと突撃していった。

 多脚戦車の、弩級構造体すら焼き焦がす砲塔が、一斉に彼女へと向けられる。

 轟音とともに射出された百四十ミリの砲弾が、暴風雨となって戦鬼へと殺到する。

 が──


「ハァッ──!!」


 胸を射貫く寸前の砲弾が、霞んだ手刀で真横へ弾かれる。

 顔面を粉砕するはずだった炸薬を、両手の円運動で回し受けられる。

 三連発の一撃が、手刀の一閃で地面へとたたき落とされ。

 そのすべてが、同時に大爆発を起こす。


「────」


 あんぐりと、オレは口を開けることしかできなかった。

 残心をとる婿殿の。

 あからさまに人間を超えた、達人の動きクンフー・ムーブ


 理屈は単純だ。

 人間の神経は遅く、筋繊維は弱い。


 骨を功子に、神経を功子に、神経電流も、血液も、筋肉さえも置換し、勁を発する。

 電流を越えた伝達速度で動く、超超硬度の拳は、確かにこの奇跡を可能にするだろう。


 だが、数千発の砲弾を、一発も後方に逸らさず、オレと生首を守り切ってみせるなど──


「発勁も出来ずしてなにが気功術、いのち守れずしてなにが憲兵か! 巫女殿!」

「──ッ! わからいでか!」


 そうだ、そんな無茶が長く続くものか。

 これは切迫した時間稼ぎだ。

 だからこそオレも、迷っているわけには行かない。


 袖の限定装置を解除。

 布を折り紙の要領で手折り、棺桶の形に成形する。

 鈴鉾の振動数を調整し、棺桶内部のプランク定数に干渉。


 最大活性したこの沼には、資源が山とある。

 同時にオレの鼻ならば、渦巻く功子の流れを嗅ぎ分けられる。

 生首を棺桶の中に納め、沼という功子コンバーターに強制アクセス。

 クラッキングを続けながら、強引に功子の向きを、棺桶の内部へと向ける。


「おおおおお!」


 キリクの咆吼。

 振り下ろされた踵落としが、戦車を両断。返す胴回し蹴りが、一帯をなぎ払う。

 躊躇のない功子の解放。

 そう長くは持たないという事実は常に眼前にあり。


 オレは臭いに集中する。

 嗅ぐだけで吐き気を催す、生首の臭い。自分と近しい臭いという事実に、反吐が出る。それでも嗅いで、嗅ぎ分けて。

 それが持ち得る情報を解き明かす。


「巫女殿!」


 これまでにない逼迫した叫び。

 反射的に額の放射鏡から功子を展開。周囲を限定的に隔離する力場を形成する。

 降り注ぐ、ドローンの斉射。

 オレは、気がつけば叫んでいた。


「神は唯一仰った。オレに、世界を知れと! だから──オレの分析を邪魔するな! の与えてくれたものを、奪うんじゃない……ッ!!」


 巫女みこにして神子みこなる御子みこが命じる!

 全力全開。

 最大限の分析と理解と──再構築!

 いまここに、功子制御の秘奥を見せる!


「〝知る識る見知る〟──〝刻んで並べて揃えて感じて〟──〝こんなに楽しいことはない、理解は神のアガペだから〟──〝いまこそ死すらも死せるとき〟──功子転換メイドメイデン神咒神楽ホーリーグレイル!」


 沼中からかき集められた功子が、棺桶を魂の転写出力装置ディメンション・プリンターへと転換する!

 同時に、荒ぶる功子の作用が、防御力場すら分解して──


「巫女殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 降り注ぐ砲弾。

 連続する爆発。

 そして。


「──まーったく。あたしがいないとダメダメねー。ほんとダメ。こんな陳腐なピンチに手こずるなんて、落ち度が過ぎるんじゃなぁい? それとも、おややぁ~? キリクったら、甘えたいのかしら?」

「……抜かしていろ、色ぼけ女が」


 吐き捨てるような──けれどひどく嬉しそうな婿殿の声を受けて。

 それは、両手を大きく開いた。

 蒼銀の髪が、ばっと爆炎のなかに美しく広がる。


 砲撃のすべてを、斥力シールドで受け止め、平然と笑ってみせる美女。

 世界最悪の裏切り者にして、厄災の魔女ヴィーチェ・ル・フェイが。

 オレを守るように、空中に浮かんでいて。


おはよう世界グッモーニングワールド! 概念継承知性体媒介端末七十九号──ヴィーチェ・ル・フェイ、華麗にアゲイン! ……いやー、これは確実にヒロインだわ! 勝利の女神ですわ! つらいわー、勝ちヒロインはマジつらいわー……乙女ポイント七億万点!」


 ……すごいバカみたいなことを、口走ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る