第27話 金色の鳥

 ラグドール神殿に向かって飛ぶ。月に照らされたカルラの翼が金色に光る。


「善きかな。」


「・・・じゃなくて。」


 俺は背後に寄り添うヴィシュヌをチラリと見た。月を見つめる美しい神の横顔。


「アイツ死んだの?」


 低い声でその横顔に尋ねた。


 ついさっきの出来事を思い返す。

 神と悪魔(?)の戦いだ。突如として始まり、神の強大な力で相手を捩じ伏せた。

 というより、目の前から消した。

 

 ルゥが死んだらロザリオの笑顔は戻らねーんじゃないのか?


「アイツは死んでないよ。

 そもそも実体じゃないからな。」


 実体じゃない。

 ロザリオも同じ事を言っていた。


「分身でも痛みや感情は本体と同様だが。」


 ヴィシュヌとルゥの関係について聞こうと口を開こうとした所に、物凄い風圧が俺達を襲う。後ろからヴィシュヌが俺の体にガッチリしがみついてきた。


「ヴィシュヌ様、捜しましたぞ。」


 デカっ!!

 俺達の進行方向を塞ぐように、カルラによく似た金色の鳥が鋭い眼光で俺達を見下ろしていた。カルラの倍以上はあるだろうか。


「無粋な真似は止せ、ガルダ。

 馬に蹴られるぞ。」


 俺の背中に隠れながらヴィシュヌが金色の鳥、ガルダに向かって言った。ガルダの大きさ的に馬に蹴られても大したダメージはないだろう。


「・・・・。

 奥方様がお捜しです。」


「もうお前に飽きた、とでも伝えておけ。

 私は忙しいのだ。」


「・・・・。」


 ヴィシュヌの言葉にガルダが嘆息して首を横に振った。


「さぁ、お前の屋敷に向かうぞ。」


 本気でウチに来る気なの?コイツ。

 奥方がお呼びなんだから帰れよ。


わらわよりその人間の小娘が良いと申すのか。

 我が君は。」


 凛とした力強い女の声にヴィシュヌの腕が強くなる。俺はヴィシュヌの方を振り返った。顔面蒼白で小刻みに震えている。

 あの、痛いんですけど?


「来てるんなら言えよ。」


 ヴィシュヌがボソボソと呟いた。


「妾は美と幸運の女神ラクシュミー。

 妾から夫を奪おうとは。

 小娘、其方の勇気は認めようぞ。」


 面倒臭そうなヤツがまた現れたな。『美』とか自分で言っちゃってるし、この人。

 俺は前方に顔を戻した。

 ガルダの背中に仁王立ちで見下ろす桃色の薄い衣を纏った女神。確かに美しいとは思うが、夢の中で見た成長したロザリオの足元にも及ばない。

 波の様に風に靡く腰まで伸びた金色の髪。透明感のある白い肌に整った顔。俺を見つめながらその口がポカンと空いている。


「あのー・・・」


 早く帰りたいんだけど、どいてくれねーかな。


「そっ・・・其方も人間にしては中々に美しいではないかっ!?」


 嬉しくねー。

 俺は溜め息をひとつついて、後ろにいるヴィシュヌを親指で差した。


「コイツ連れて帰ってもらっていいですか?」


「「「コイツ!?」」」


 俺の言葉に声が揃う。

 ヤベ。つい、本音が。


「ハニー!私を見捨てるのか!?」


 誰がハニーだ。


「我が君!!妾という者がありながら、このような仕打ち・・・っ!!」


 まさしく鬼の様な形相。

 怒りでワナワナと震えたラクシュミーの美しい顔がみるみる真っ赤になり、金髪が逆立っていく。


「奥方様。

 ヴィシュヌ様が熱を上げている者は男です。」


「男?」


「間違いありません。」


 ラクシュミーの姿が元に戻り、俺の顔をじっと見つめる。


「妾を鎮めようとの嘘か。ガルダよ、アレが男子おのこであると申すのか?」


「俺、男です。」


「・・・・ほぉ?」


 ラクシュミーの目が俺を舐め回すように上から下へとゆっくりと動いた。


「私の嗜好は変わったのだ。

 判ったのなら、お前達はさっさと神界へ帰るがいい。」


 お前も帰れや。


「ヴィシュヌ様。見た処、其の者は貴方様に微塵の好意もないのでは?」


「ギクっ。」


 鋭い突っ込みを入れるラクシュミーを俺の背中越しにヴィシュヌが見ている。


「そ、そんなことはないぞ。ハニーは恥じらっておるだけだ。直ぐに私無しでは居られぬ体にしてやる。今に見ておれ。」


 今の発言は流石にナイ。

 気色悪さに全身に鳥肌が立った。


「ヴィシュヌ様。よぉくわかりました。」


「解ってくれたか。」


 ホッと短く吐いたヴィシュヌの息が背中にかかる。


「妾も其の者に心移り致しましたわ。」


「何!?」


 は?

 目が点となっている俺とヴィシュヌとガルダを余所に、澄ました顔のラクシュミー。


「今からヴィシュヌ様と妾は恋敵。

 容赦は致しませぬぞ?」


「正気か?ラクシュミー。」


 やれやれ。夫婦喧嘩は犬も食わぬと云うが、益々面倒臭くなってきたな。

 ・・・帰ろ。

 取り敢えずこんなとこで悶着してても仕方ないので、カルラを進ませることにした。ガルダの下を潜り抜けて飛んでいく。

 ラグドール神殿には明日の朝行くことにして、今日はもう一刻も早く家で寝たい。

 後方を見ると悠然と翼を広げたガルダが跡を付いてきている。その背中に乗るラクシュミーと何やら会話をしている様子だがこちらまでは聞こえない。ヴィシュヌをどうやって神界に帰らせようとか相談しているのかもしれない。




「お帰りなさいませ。」


 カルラの綱を繋いでいる所にオルフェがやって来た。カルラはいいとして、ガルダは見られると騒ぎになるか。


「夜分遅くに申し訳ありません。私共は旅の者なのですが、縁あり親切なキャルロット様とご一緒させて頂くことになりました。」


 誰!?

 にこやかに語りかける商人風の中年の男。

 声がガルダと同じだから、人間の姿に化けたということか。

 その後ろに多分賢者のつもりか、目深に被ったフードで顔を隠したヴィシュヌと顔をヴェールで隠した占い師姿のラクシュミーが澄まし顔で頷いている。

 どうでもいいけど、この3人は何処に向かって旅をしている設定なんだろうか。悪い輩にどうぞ絡んでやって下さい、とでも言ってる様な面子メンツだ。


「ようこそいらっしゃいました。

 どうぞ中へ。」


 相変わらずの塩対応でオルフェが招かざる客人達を屋敷へと案内した。

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