第17話 鬼ごっこ
礼拝堂の奥の祭壇の前にピッテロ様が立っていた。にこやかないつもの笑顔でこちらを見ている。
警戒をしながらも俺はピッテロ様へと間合いを詰めていく。
「あれ?
こんな時間にどうして神殿にいるの?」
もしかして、ジンさんから何も聞いていないのか?
と、なると下手に『アナタを捕まえに来ました』とは言わない方が良いのかもしれない。
「ピッテロ様。おはようございます。」
「・・・キャル君、目が恐いけど。」
普段、笑い慣れてないせいか巧く笑顔が作れない。
完全に警戒されてる怪しい俺。
「や、あのピッテロ様。実は・・・」
何か引き留める理由を考えている内に、ピッテロ様が俺に真正面から向かって突っ込んできた。
ええー!?
思いっきり胸にタックルされて倒れる。
痛ってぇ。
だが、ここから逃がしたら終りだ!
俺が床にぶっ倒れてる間にピッテロ様が礼拝堂の入り口に向かって走る。
「おわっ!!」
と、扉の前でピッテロ様が大袈裟なくらい派手にスッ転んだ。
咄嗟に剣を抜き、ピッテロ様の足許を目掛けてぶん投げた俺の鞘が見事に命中したのだ。
急いで取り押さえねば!!
俺は剣を床に放り投げて、ピッテロ様に向かって飛び付いた。
顔面から転んだからかピクリとも動かないピッテロ様の背中に馬乗りになる。
うつ伏せのままゆっくりとピッテロ様の右手が俺を指差した瞬間に、何かが頬を掠めた。
ドォン!!
振り返り見上げるとピッテロ様の指差した先の天井にでっかい穴が空いていた。
何?今の。
確実に俺のこと狙ってたよね?
顔面の血の気が引いていく。
「ヒドいよ・・・。キャル君。」
背中に乗っている俺を押し退けて、ピッテロ様がゆらりと立ち上がった。
「オジさん。転んだのが恥ずかしくて、暫く起きられなかったじゃない。」
完全に腰を抜かした俺を、金色の瞳がキラリと見下ろす。
それより、鼻の穴から血が垂れてますけど、大丈夫ですか??
「良くやった。下僕。」
「げ。ジン。」
いつの間にか現れたジンさんがピッテロ様を縄でグルグル巻きに縛っていた。
助かったのか?
「明日も4時に待ってるぞ。ご苦労さん。」
「ジン?どういうこと?」
混乱している様子のピッテロ様にジンさんがハンカチを渡した。
「大神官、鼻血出てる。」
「あ、ホントだ。」
「そうそう、天井の修理代は大神官の自腹でお願いします、と副大神官が。」
「嘘でしょ?」
「月賦で給料から天引きという方法もありますけど。」
「それ、領収書切れる?」
礼拝堂から出ていく二人の背中を見つめながら立ち尽くす俺。
明日もって言ってなかったか?
それから俺の朝はピッテロ様を捕まえることから始まった。
俺の当初の読み通り、大抵はどこかの神殿かビアンコ邸にいることが多い。
ラグドール皇国には9つの神殿がある。中央に位置するラグドール神殿を囲むように、8神殿が国境付近8方位に鎮座している。
神官達は9神殿を魔法陣を使って一瞬で移動できる。但し、魔法陣は行ったことのある神殿にしか行けないらしいから、ラグドール神殿しか知らない俺には何の役にも立たない物だ。
神殿の造りはどこも一緒らしく、魔法陣の部屋へと続く研究室と書かれた部屋を進む。
例えピッテロ様がどこかの神殿にいたとしても、魔法陣の前で待っていれば、勝手にやって来るのだ。
ドォン!
という、もうお馴染みとなってしまった魔法陣発動音。
それと同時に俺は、まだ強い光のせいで人影がはっきり見えない魔法陣目掛けて斬りかかった。
魔法陣から容赦なく光の弾丸が飛んでくるが、紙一重で躱していく。
踏み込んだ魔法陣の中には誰もいない。
「残念だったね。キャル君。」
すぐ背後からピッテロ様の声と背中に感じる嫌な予感。
振り返る暇はないと悟り、 素早く床にべったり身を伏せた。「チッ」とピッテロ様が小さく舌打ちするのが聞こえる。
ボンっ!!
ピッテロ様の両手から放たれた金色の炎が、壁に当たって爆発した。
前から思ってたんだけど、この人本気で俺の事殺そうとしてない?
俺も本気で対峙しないと、簡単に殺されてしまいそうだから、渾身の力で剣を振るって応戦する。素早く起き上がり、低くした体勢のままピッテロ様に剣を突き出すが、魔法の盾に弾かれた。
魔法の効果はそんなに長くはない。
ピッテロ様が放つ光の弾丸を躱しながら、息つく暇も無い程次々に攻撃し続けた。
魔法の盾が薄らいできた一瞬がチャンスだ。
盾を目掛けて剣を振り下ろす。
盾をすり抜けた剣がピッテロ様の前腕に当たった。
「まだ甘いな。」
ピッテロ様の前腕が物凄く硬い金属の様になっているようだ。
これも魔法なのか?
剣を振り下ろしたまま金色の瞳を見つめる。
「キャル君さ、最近顔色良くなってきたよね?」
そうなのだろうか。
自分では自覚がないのだが。
「僕と鬼ごっこ楽しいでしょ?」
ピッテロ様のキラキラした笑顔が眩しすぎる。
そうか、俺は毎日続くこの無意味とも思える状況がただ純粋に楽しいのかもしれない。
目の前のピッテロ様がいないことに気付いてハッとした。
研究室の扉の前で手を振っているピッテロ様。ヤバい!逃げられる!!
「じゃあねー。」
ピッテロ様が扉を開けると、ジンさんがニヤニヤして立っていた。
「俺の事忘れてないですか?」
「ジン・・・。」
「ご苦労さん。下僕。
明日もよろしくな。」
残念ながら、言われなくても、もう来なくていいって言われても、当然の如く来るつもりだけど。
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