第24話 コモンドールの泉

「洞窟の入り口に怪鳥がおりましたが。」


 洞窟の道を戻る中で俺達の前を歩いていたシナノが不意に口を開いた。俺はシナノの背中にある、どう見ても身体には不釣り合いな大きな長い剣をぼんやりと眺めた。黒光りする鞘に、つかつばには独特の装飾がある。黄金の国の剣だろうか。


「カルラのこと?」


 セイヴァルが答える。


「カルラ。」


「俺達はカルラに乗ってこの山に来たんだ。」


「つかぬことを伺いますが」


 シナノが立ち止まり俺達を振り返る。


貴公等きこうらこそが神ではないのですか?」


 は?

 鋭い真剣な眼差しはとても冗談を言っているようには見えない。


「俺達が?」


 セイヴァルの問い掛けに頷くシナノ。


「この国では双子は神聖な存在であると聞きました。加えての美麗な風貌に神の乗り物であるカルラを操るとは・・・」


「俺達は普通の人間だ。」


 シナノが声を発した俺の方に視線を移した。ブレない黒い瞳からは感情が読み取れない。

 コイツ喋れたの?とか、思ってんのか?


「失礼。喋り過ぎましたね。」


 全然、喋り過ぎてねぇと思うけど?

 シナノはまた前を見据えて歩き出した。その後ろを付いていく。


「黄金の国はどんな所なの?」


 セイヴァルがシナノの隣に追い付いた。シナノがチラリとセイヴァルを見た。


それがしの世界はとても小さな山里だけでしたから。」


「そうなの?」


「黄金の国についてはお師様の方が某より詳しいかと。」


「シナノは山里に家族と住んでいたのかな?」


 聞こえなかったのか、セイヴァルの質問に答えずにシナノは脇目も振らず歩き続けた。セイヴァルが肩を竦めて俺を振り返った。

 言葉が判らなかった可能性もあるか?


「ラグドール国へはシャスラーさんと来たんだよね?」


 頷くシナノ。


「他に一緒に来た人は?」


 首を横に振る。


「偉いね。こんなに小さいのに一人で異国に来たんだね。」


 また反応を見せない。

 洞窟を曲がった先に俺達が乗ってきたカルラがいる。俺達を見つけてカルラ達がこちらに近寄ってきた。


「この洞窟を出て少し歩いた所に泉があります。」


 この辺りは木も生えず岩しかないと思っていたが。水辺があったとは気づかなかった。


「その泉に1本だけ木が生えております。」


「神が宿る木かもしれないんだね?」


 シナノがゆっくり頷いた。

 まぁ、その木に神がいなくても泉でカルラを休ませることができるだろう。

 俺達は洞窟を出た。

 嘘みたいに穏やかな青空に深呼吸せずにいられない。

 ゴツゴツとした岩だらけの山の景色からは泉があるとは到底思えないのだが、シナノに続きカルラの手綱を引きながら歩く。


 山を少し下った所に本当に泉と木があった。

 それは不自然な光景と言っても過言ではないだろう。それまでの岩しかない風景から、まるで神の造った楽園で在るかの様に見える景色に突如として変わったのだから。

 満々と水を湛えた泉の中央の浮き島に生える木は、大樹という程大きくはないが生命に満ち溢れ青々とした葉が繁っている。


 泉の周りに草と苔が生えていて、虫や小動物の姿がチョロチョロ見える。

 俺達は泉に近付き、水面の向こうにある木を眺めた。確かに神々しくも見えるような。

 カルラが水面に口をつけたのを見て、俺も片膝をついて泉に手を差し入れた。澄んだ泉の水底が見えるが深さは膝下くらいだろうか。しかし、この水の冷たさからとても足を入れようという気にはならない。

 光の差す木までは数メートル。助走をして跳べる距離でもないからカルラで行くか。


「本当に神様がいてもおかしくない様な所だね。」


 セイヴァルが感嘆の声を上げた。

 確かに、あの木の根元に美しい女神なんかがいたら息を飲む程の幻想的な景色だろう。


「神とは目に見えるのでしょうか。」


「そこなんだよ。」


 神殿にある彫像から何となく神は人間と似たような風貌なのを想像してたが、もしかしたら全然違うかもしれない。

 全く、とんでもない宿題を押し付けられたもんだな。


「向こう岸に行かぬのか?」


 背後から声がして振り返った。カルラの黒い瞳がじっと俺を見つめている。

 カルラが喋った?

 んなわけねーか。


「お師様。」


 シナノの呼び掛けにカルラの背中からシャスラーが右手を上げた。手綱を持ったままカルラの横に並んでみたら、シャスラーが器用にカルラの背中に仰向けに寝そべっていた。

 いつからいたんだオッサン。


「あれは世界樹アクシャヤヴァタだ。」


 低い声でシャスラーが言った。


「アクシャヤヴァタ・・・ですか?」


 繰り返すセイヴァル。


「その昔、まだこの世界が混沌とした宇宙の中のただの点に過ぎなかった頃、一人の神が一粒の種を蒔いた。

 やがてそれは我等の想像を遥かに超える様な大きな大きな樹木となり、この世界となった。」


「その木がアレなのか?」


 俺が問い掛けるとシャスラーが片目だけを開けてこちらを見た。


「この世を支える世界樹は極稀に地上に根を伸ばすことがある。生命力が高い故にその土地に繁栄をもたらすとも謂われるがな。」


「取り敢えず近くまで行ってみましょう。」


 セイヴァルがカルラを跳躍させて浮き島に下りた。シャスラーもカルラに寝そべったままで後に続く。

 置いていかれた俺とシナノ。

 浮き島でセイヴァルとシャスラーが何か話をしている。

 いや、カルラこっちに回せよ。


「お先に。」


 シナノがそう言って二回軽く跳ねた。

 と、思ったらそのまま泉に向かって突っ込んで行く。

 

 マジか。

 水面を走る人間を見るのは初めてだった。

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