第25話 世界樹

 面倒見の良いリオの父鳥が迎えに来てくれたお陰で、無事に俺も世界樹のある浮き島に辿り着くことができた訳だが。

 近くで見る世界樹は俺の背丈より少し高いくらいだった。


 しかし、俺は世界樹なんかよりシナノをじっと観察していた。

 男か女か・・・。まぁ、俺も女と間違えられる位だ。子供だし顔も見えないから判別できないのも無理はない。加えてシナノは異国の人間だ。

 何故、水の上を走ることができたか。

 浮遊の魔法?

 足許は親指だけ分かれた靴を履いている。素材的には布だが、水を弾くような特殊な布かもしれない。


「神様は居られない様だ。」


 セイヴァルの声に顔を上げた。

 そんなに簡単に会えるんなら有難みないしな。


「待っていれば何れ現れるだろう。

 世界樹の許に神は集まる。」


 シャスラーがカルラから降りて、世界樹の幹に触れた。

 一瞬、静電気が起きたかの様に彼の白髪が逆立ったが直ぐに戻る。ゴロリとそのまま木の根元に横になるシャスラー。その横臥おうがする身体の前にシナノが片膝を付いた。


「お師様。」


 シナノの声のトーンに変化はないから感情がわからない。


「我がここで神を待とう。」


 は?

 お前神を信じてねーんじゃないのか?

 シナノが急に立ち上り、走り出した。勿論、水の上も地面かの如く走り抜けていく。


「シナノ!?」


「我があの結界から離れたからな。」


「俺も行ってきます。」


 セイヴァルがカルラに跨がり、シナノの跡を追った。

 シャスラーがあの洞窟の結界から離れるとどうなるか。当然、今も魔物が亀裂の入った結界から這い出ているかもしれない。


「ネェちゃんは行かぬのか?」


「あの結界から出てくるのは数時間に1体って言ってたし。俺が行かなくても大丈夫でしょ?」


 シナノの実力は見てはいないが、子供でもそれなりに腕の立つんじゃないかと思った。セイヴァルも行ったしな。

 弟子が死に直面するほどの危険に晒されてたとしたら、シャスラーはこんなに呑気にしてるだろうかってのもある。

 俺は寝ているシャスラーの後ろに回り、世界樹の根元近くに腰を下ろした。

 何となくあったかい気がする。


「ネェちゃんに黄金の国の話をしよう。」


 俺が幹に凭れてウトウトしていると、昔話を語るようにシャスラーが静かに話始めた。


「黄金の国の名のある武家に生を受けた赤子がいた。」


 武家?騎士とか剣士とかの家柄?


「名も与えられる間も無きままに、その赤子は海に投げ込まれたのだ。

 何故だかわかるか?」


「さぁ、異国の風習?」


 獅子が我が子を千尋の谷に落とすみたいな?

 もう、眠くて答えるのも面倒臭いんだけど。


「風習か。

 まぁ、そうだ。

 その赤子は双子の片割れだった。」


 双子?


「この国と違い黄金の国で双子は、忌み嫌われる存在故に、忌み子となった赤子は直ぐに息の根を止められる。」


「両方殺されるのか?」


「いや、誰にも知られることなく片方だけだ。運悪くその赤子は女だった。

 黄金の国でも男子おのこが跡取りとなり、片割れの男子の誕生は大層周囲に喜ばれた。」


 殺された側からしたら悲惨な話だ。しかし、俺とセイヴァルも黄金の国に生まれていたら、どちらかは生まれて直ぐに殺されていたんだろうな。


「そして、海に捨てられた片割れの女子おなごは、一柱の神の気紛れで命を救われることとなる。」


 柔らかな風が頬を撫でる。

 世界樹の葉擦れがサワサワと心地よい。


「その後、彼女は『土竜もぐら』といわれる集団の中で育てられるのだが、あれはとても幸せとは言えぬだろうな。

『土竜』は日の当たらないあなぐらで生活をする変わった集団で、その多くは孤児みなしご。彼等はただ主君の為に自分の命を犠牲にする事もいとわぬ様に訓練された、心を持たぬ戦闘集団だ。

 11の歳に彼女は過酷な任務でまた命を落としそうになる。

 それを救ったのが、とある仙人だった。」


 とある仙人ってアンタじゃないのか?

 と、思ったが面倒臭いから聞かなかった。

 そうなると、この話はシナノのことか?

 俺はやっと目を開けて世界樹を見上げた。

 黒い双眸と目が合う。


「・・・神?」


 思わず俺は呟いていた。

 いや、この人物を神と言わずに他に誰がいるだろうか。姿、オーラ、佇まい、その全てが木の上にいる彼が神だということを物語っている。

 ふわりと俺の目の前に降り立った。


「お前、美しいな。」


 神が俺の顔を見下ろして言った。


「他に言うことがあるであろう?

 ヴィシュヌ。」


 シャスラーが木の後ろから冷やかに言う。

 どっかで見たことがあると思ったら、目の前にある整った顔は、ラグドール神殿にいるヴィシュヌ像と同じ顔だ。背中まである黒髪と光沢のある青い衣に豪華な金の宝飾品。像と違い、体格は人間サイズで手は2本しか無いようだ。


「美しいものに賛辞を述べぬは罪だよ。」


 シャスラーの方を一瞥して、ヴィシュヌが俺の隣に腰を下ろし胡座を組んだ。

 極端に距離が近い気がするが・・・。

 まさかヴィシュヌがピッテロ様が言ってた神?

 いや、ラグドール皇国内の神殿にいないって言ってたから違う。

 ヴィシュヌがあんまり俺を見てくるもんだから、釣られて俺もその顔を見てしまっていた。こんなに間近に神を見ることなんて無いからな。年の頃は20代後半位に見えるが、神サマなんだからそんな訳ないか。


「私がクリシュナだったら、お前は既に裸だぞ?」


 ヴィシュヌが目を反らさないまま微笑んだ。

 クリシュナ神はこの山を越えたシンガプーラに祀られている美形で有名な女好きの神だが、どんな変態ヤツだよ。


「結局、何しに来たんだ?」


 シャスラーが眠そうな声でヴィシュヌに尋ねた。


無情つれないな。久しくお前の顔も見てなかったから赴いたのに。」


「さっきから我の顔を一度も見ておらぬが?」


「髭は嫌いだ。」


 バッサリと言い放つヴィシュヌ。

 意味わからん。

 不意にヴィシュヌの手が俺の頬に触れた。


「お前、悪魔に魅入られてるぞ?」


 悪魔?ルゥのことか?

 てか、顔、近いんですけど、ヴィシュヌ神サマ?

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