第57話 バーゲスト

 ドォォーン!!!


「!!?」


 静寂を裂く何かが爆発したような轟音に、森にいた鳥達が一斉に飛び立った。

 俺を乗せたパドマは、ビアンコ家の別邸と思われる建物の丁度真上だ。真上から見ると真四角の建物でその中に四角い庭がある。建物の四隅には丸い塔がくっついている。

 神官達がバーゲスト退治を開始したのだろうか。見渡すと平らな屋根の上に神官の姿を見つけた。木立の陰にも数人。


 建物から慌てた様子の神官達が飛び出してきた。その中にジンさんの姿も見える。


 数秒後、跡を追うように光の球が飛んでくるのが見えた。


 ドォン!!


 最後尾にいた神官が振り向き様に作った光の楯が光の球を迎え撃つ。

 バーゲストは魔法を使う魔物なのか?

 不吉を告げるだけじゃないらしい。


 あの仔犬だとしたら、仮の姿でロザリオに近付いて・・・。

 もしかして、ロザリオはまだあの犬と一緒にいるんじゃないのか???


 俺は着陸したパドマから降り、木陰に退避したジンさんの許に駆け寄った。


「下僕?何故ここに?」


「あの後、ピッテロ様に会って、成り行きで」


「チッ、アイツ・・・。」


 明白あからさまに嫌悪の形相を見せるジンさん。

 今更ながら、幾ら幼馴染みとはいえ年長者の上に上官である筈のピッテロ様に向ける態度ではない。

 視線に気付いたのか、ジンさんが軽く咳払いをしてビアンコ家の屋敷の方をチラリと見た。先程の攻撃の手は収まり葉擦れの音だけが聞こえる。


 俺は神官達の位置を確認した。

 この人数の神官が揃っていれば、魔法の使えない騎士や剣士は、囮役、若しくは留めの一撃を与える役くらいしかない。

 敵は魔法を使う魔物となれば尚更だ。


 屋敷に目をやる。

 歴史ある建物なのか、石造りで荘厳な佇まいは宛ら要塞の様だ。元々の所有者がビアンコ家かはわからないが、極端に小さい明かり取りの窓が規則正しく並んでいるだけで、内部にきらびやかで洒落た雰囲気は期待できない。鉄製のいかにも重そうな扉が玄関か。


「作戦を立て直すぞ。」


 ジンさんの一言に一人の神官が懐から屋敷の見取り図を取り出し地面に広げた。


「大神官の話によると、今現在この屋敷にいるのはロザリオ嬢と数人のメイドだけ。バーゲストは数日前にロザリオ嬢が拾ってきたらしい。

 で、ここがロザリオ嬢の部屋だ。」


 ジンさんは木の枝で三階にある一番東側の部屋を円で囲んだ。


「あの~、質問していいですか?」


 怖ず怖ずと俺は右手を上げた。


「なんだ?」


「この屋敷にロザリオとメイドだけが住んでるんですか?」


「そうだ。」


「・・・って、ロザリオは無事なんですか!?」


「言っただろう?バーゲストは低級の魔物だと。」


「・・・ですが・・・。」


 低級の魔物。

 と言われても俺が見たことある魔物は蜥蜴のバケモノとゴスロリの分身、牛女。それと魔王ルゥ。


 てか、低級の魔物なら神官達が総攻撃すれば倒せそうなもんだが、そうしないのはやはりロザリオ達がいるから下手に攻撃できないのだろう。


 屋敷のロザリオの部屋辺りに視線を移した。

 数日前にビアンコ家のカシマシ娘二人もいたのを森の中で確認している。ビアンコ家の別邸である此処にロザリオだけが家族と離れて住んでいる?

 頑丈な建物。外部からの侵入には強そうだ。


「ここは一体・・・。」


「ここは訓練施設だ。」


「訓練施設?」


 聞き返した俺の言葉にジンさんが頷く。


「大神官養成所ともいう。」


「はぁ・・・?」


 大神官養成所ということは、次期大神官であるロザリオは小さいうちからここで寝泊まりして訓練しなきゃいけないってことか。

 生まれながらにその責務を背負わされ、自分の意思を問われることはないのかもしれない。


「大神官になるって大変なんですね。」


 暫しの沈黙。

 神官達が、隣の仲間と囁き合う。


「まぁな。」


 ジンさんは俺に目を合わせずに答える。


「女大神官ともなれば尚更だ。」


「?」


「兎も角、目的はバーゲストの捕獲だ。

 近付けないことには話にならん。」


 危うく当初の目的を見失うところだった。


「近付くと攻撃してくるんですか?」


「屋敷に近付くとだ。」


 こわ。


「入り口は」


 ひとつか。

 こんなにデカイ建物なのに。

 中に侵入できないことには捕獲できない。


 ジンさんと同じ年頃の神官が俺をチラリと見た。神官の制服で誤魔化されてはいるが、軽そうな奴だ。

 一瞬、目が合う。


「ジン神官。」


「なんだ?アルヴァ神官。」


「我々以外の者でも攻撃してくるのでしょうか。」


 アルヴァと呼ばれた神官の言葉にジンさんが俺を見る。


「よし。下僕、行け。」


「・・・。」


 雑っ!!

 てか、相手は魔法で攻撃してくるんだよな?

 それなりに訓練はしてる。してるつもりだが・・・。

 攻撃を躱して接近戦に持ち込むしかない。

 一通りバーゲストとの戦いをシュミレーションしてみた。流石に黒い仔犬では居た堪れないので魔法を口から放つ魔獣にした。

 動きも速そうだが、何せ低級の魔物。


「・・・剣で斬れるか。」


「お前恐ろしいこと考えてないか?」


 つい漏れ出た俺の言葉にジンさんが反応する。


「え?斬っていいんですよね?」


「駄目だ。」


「ええ!??」


 攻撃せずに捕獲しろってことか!?

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