第32話 仇なす者

「・・・で、コイツは何?」


 ヴィダルが右手を翳したままで、俺を守るように立っているシナノを見据える。シナノの年齢はわからないが、身長的にはヴィダルの方が少し小さい位か。


「ご挨拶が遅れました。」


 シナノがペコリと頭を下げる。


「某は黄金の国より参りました、シナノと申します。」


「黄金の国?」


 黄金の国と聞いてヴィダルの眉がピクリと動く。


「我が主に仇なす者。」


 シナノの低い声。

 すっげぇ嫌な予感がするんだけど?


 シナノがヴィダルに向かってフッと息を吐いた。どうやら唾では無いようだ。


「つっ!」


 引っ込めたヴィダルの右手にキラリと光る長い針。シナノが吐いたヤツだ。

 次の瞬間にシナノがヴィダルに向かって突っ込んでいく。それに気づいたヴィダルが再び右手を翳したが、目を見開いたままで動きが止まった。

 その右手を掴んでシナノが鮮やかにヴィダルの体をクルリと背負い投げて動きを封じる。


「お前・・・・っ!!」


「子供は殺さない。」


 俯せに転がされたヴィダルがシナノを睨み付ける。良かったな、ヴィダル。まだ子供で。


「ダル君が魔法使えなくなったら結構困るかな。」


「ピッテロ様!」


 それまで俺を助けることもせず黙って見ていたセイヴァルが声を挙げる。

 礼拝堂の入り口にピッテロ様が立っていた。シナノもヴィダルを押さえつけたままでその方向を見遣る。


「・・・父上。すみません・・・。」


 父であるピッテロ様の方を見ずに項垂れるヴィダル。


「このコにはジンでも勝つのは難しいだろうから謝ることはないよ。」


 ヴィダルを組み敷いているシナノに近付いたピッテロ様の金色の瞳が光る。二人は暫く無言で対峙したまま動かない。

 薄々気付いていたけどやっぱりシナノは相当強いってことか。ピッテロ様が認める程に。

 シナノがゆっくり立ち上がりピッテロ様に頭を下げた。


「貴公が大神官殿とお見受け致します。」


「あれ?」


 ピッテロ様の間の抜けた声。


「ピッテロ様?どうしました?」


「ううん?何でもないよ。」


 明らかに様子のおかしいピッテロ様。いつもおかしいっちゃおかしいか。


「あのコって男の子?」


 いつの間にか隣にいたピッテロ様がボソボソと俺に耳打ちしてくる。


「さぁ?」


 俺は肩を竦めた。本人に確認したわけでもないし、実際どっちかわからない。

 シャスラーの昔話によれば女だとは思うんだけどな。


「ダル君の魔力を戻してくれると助かるんだけど?できれば君を傷付けたくはないからね。」


「シナノ。ピッテロ様とは戦わないで。」


「・・・御意。」


 セイヴァルの言葉にシナノが一歩下がり、ヴィダルの前に片膝を付いた。ヴィダルの右掌に刺さった10センチ程の針を抜く。


「魔力が戻るには少し時間がかかるかと。」


「君は忍者なのか?」


 右手を押さえてヴィダルがシナノを見たが、シナノは答えなかった。

 ニンジャ?


「さて、ダル君の心配の種について話を戻そう。」


「ピッテロ様。キャルはどうなるのですか?」


 心配そうなセイヴァル。

 俺とピッテロ様の間にシナノが立つ。


「僕は心配ないとは思うんだけどね。

 リオちゃんはまだ感情や力をコントロールできないから、それを僕を含めた周りの人間が教えていってる段階だし。

 一瞬でも瞳が金色じゃ無くなったことは想定外で、原因も定かじゃないから。」


「俺はもうロザリオに会わない方がいいってことですか?」


「自惚れるなよ?キャルロット。

 リオがお前を好きだとか決まったワケじゃないんだからな?」


 おいおい、待てよ。ヴィダル。

 俺、ロザリオに『大好き♡♡♡』って言われてるから。勿体無くて言わねーけど。

 顔のニヤニヤが止まらない。


 ピッテロ様がコホンっと咳払いをした。

 こんな時に不謹慎にもニヤけてすみません。


「そうだな・・・。

 暫くは会わない方向でお願いできる?」


「はい。」


 端からルゥに奪われたロザリオの笑顔を取り戻すまでは会わないつもりだった。取り戻したとしても会えない。


「ごめんね。キャル君。

 でもさ、一生会えない訳じゃないしね?

 僕達も調査してみるけど、リオちゃんが少し大人になるまでの辛抱だよ。」


 それまで俺は今よりずっとずっと強くなろう。

 ロザリオと約束したから。



 俺は独りになりたいと言って礼拝堂に残った。

 息を吐いて天を仰ぐ。

 自分で決めた事なのに、ロザリオに会えないことを改めて他人に言われるとキツいな。

 ただ好きでいて何で駄目なんだろう。


「お前の望みはなんだ?」


 礼拝堂に響くヴィシュヌの声。

 幻聴じゃない。


 俺の目の前に像がそのまま動き出したかの様なヴィシュヌの姿があった。窓から差し込む光がヴィシュヌの体を包み、更に神々しさを増す。


 俺の望み。

 そんなの数え上げたらキリがない。

 ない筈なのだが、コイツにだけは頼りたくない。


「それじゃ、ひとつだけ。

 俺の代わりにロザリオを守ってくれ。」


 ヴィシュヌが微笑みを浮かべる。


「───承知した。

 それなら適任者がおるぞ。」


 あー、やっぱり何か胡散臭いかも。

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