第31話 ラグドール皇国の未来
礼拝堂に入るとその奥に鎮座するヴィシュヌ神像がまず目に入る。毎日顔を合わせる実物の生き写しのようにそっくりだ。まぁ、大きさは本人の倍はあるけど。
「此方がヴィシュヌ神様。
ラグドール国の最高神様ですか。」
ヴィシュヌ神像を目にしてシナノが息の洩れる様な声で言った。
「美しいよね。
ヴィシュヌ神様は何でも願いを叶えてくれるんだよ?」
まだそんなこと信じてるのか?セイヴァル。実際、叶えてもらってないこともあるのに。
ん?待てよ?
俺と同じ顔のセイヴァルの願いもヴィシュヌは叶えてくれるかもしれない。確実にセクハラされるだろうけど。
「シナノは願い事とかある?」
「某の願いはこの世界から戦がなくなること。」
ラグドール皇国は平和だ。もう何十年も他の国からの侵略も内乱もない。
だが、世界の何処かでは、例えばシナノの母国である黄金の国では政権を争う大規模な戦争が続いている。もしかしたらシナノはその戦いを経験してきたのだろうか。
「俺もシナノと同じことをお祈りするよ。」
シナノが頷く。
シナノはシャスラーに命じられて俺達の護衛をすると言っていた。
一体、何から俺達を守るんだ?
そして、セイヴァルはシナノの任務のことを知っているのか?
「おい」
背後から聞き覚えのある声に俺達は振り返った。シナノが何かを仕込んでいるのか、懐に手をやるのが見えた。
「ヴィダル?」
ヴィダルが肩で息をしながら、俺とセイヴァルを睨んでいた。
コイツ学校の時間じゃねーのか?
「・・・どっちだ・・・?」
は?
「セラフィエルってどっちだ?」
ヴィダルはその名前を言った後、多分にして動揺が顔に出てしまったのであろう俺に視線を止まらせた。ワナワナとヴィダルの肩が震える。
「キャルロットか。
そういや、お前あの時・・・。」
その右手が俺の方に翳された。
シナノが俺を庇うようにその間に割り入る。
だから、俺姫じゃん。
ヴィダルがシナノを一瞥して、また俺に視線を戻した。
「ちょっと待って、ヴィダル。
何があったの?」
見兼ねたセイヴァルが止めに入る。
「ラグドール皇国の未来の為にコイツを排除しなきゃならない。」
「え?」
「これを見ろ。」
ヴィダルが握り締めていた藁半紙を広げた。グシャグシャになった紙には幼い子供がクレヨンで描いたと思われる人物なのか?
歪な円に申し訳程度に描かれた三本の髪の毛。そして大きな紫色のぐりぐりの目玉で、にっこり笑っている。顔から手足が生えているが、内臓は顔に取り込まれてしまったか?
「ロザリオが描いたの?キャルに似てるね。」
セイヴァルの言葉にヴィダルが頷いた。
俺に似てるってことはセイヴァル、お前にも似てるってことだぞ?
「笑ってるからお前だと思ったんだが、愛想のないキャルロットの方だったとはな。
偽名まで使って幼女を誑かしやがって。」
誑かすって・・・。
それにセラフィエルって呼んできたのはロザリオの方なんだけど。
「キャルがロザリオを誑かしたとして、ラグドール国の未来と何の関係があんの?」
幼女を誑かすのは問題アリアリだろ・・・。スルーすんなよな。いやいや、決して俺は誑かしてないぞ!?
ちょっと気持ちが抑えられなくなったけど。しかし、あの時間は生きてきて一番幸せな時間だったな。ふふっ。
「お前、ふざけんなよ?」
無意識にニヤけていた俺の顔が気に食わなかったのだろう、ヴィダルの声にロザリオとの楽しい時間の回想が掻き消される。
「リオは滅多に絵を描かない。」
「そうなの?」
「人物を描いたのはこれが初めてだ。
両親でもシャル、ベネでも、俺でさえも描いてもらったことないのに。」
再び藁半紙を握り締めるヴィダル。
何だよ。ただの嫉妬か。
あー、その紙欲しいな。額に入れて飾りたい。
「問題はそこじゃない。
この絵は昨日の夜、俺の目の前で描いてたんだが、これを描いてるリオの瞳が一瞬、金色じゃ無くなったんだ。」
「瞳の色が変わるって、そんなことあるの?」
「女性大神官は人間の男と恋に堕ちると大神官じゃなくなる。瞳が金色じゃ無くなるんだよ。」
「ええっ!?」
ちょ・・・ちょっと待て。
恋に堕ちると瞳の色が変わるって?
それってロザリオも俺のこと?
まさかの両想いってこと?
「ニヤニヤすんな。マジで消すぞ。」
ああ、嬉しすぎてつい顔が。
「お前これがどんなに由々しき問題かわかってねーな?」
俺とセイヴァルが頷く。
「大昔、大神官になる前に人間の男と恋に堕ちた次期大神官が存在したことがある。彼女は大神官になる資格が剥奪されたお陰で恋人と無事に結ばれたんだが、幸せだったのはそいつらだけだ。」
「大神官が不在の時代があったね。」
「次期大神官が即位してから次の大神官がこの国の何処かで誕生するんだ。その女が大神官にならなかったから、次の大神官が誕生することはなかった。やがて在位していた大神官も高齢で亡くなってからの時代がそれだ。」
呪術師が台頭してきた時代か。大皇が即位する度に次々に暗殺されたっていう。
「頭がいなくなったくらいで脆弱になるなんて神官も大したことねぇな。」
「金色の瞳じゃなくても大神官になれるなら、俺でもなりたいくらいだ。」
皮肉たっぷりの俺の言葉に、被せ気味にヴィダルが言った。
「当時、ラグドール皇国内で実権争いにより混乱していたのは城だけじゃなかった。
神殿でも大神官になりたい神官達の骨肉の争いが長く続いたんだ。」
父曰く神官は無駄に能力もプライドも高い連中の集まりらしいから、隙あらばいくらでも上に行きたいんだろう。
それより何で人間の男と恋に堕ちる運命の女が、次期大神官に与えられる金色の瞳を持っていたんだ?
・・・まぁ、神が与えるものだとしたら肝心の最高神がアレだからな・・・。女のケツでも追っ掛けてて間違えたとかか?
「そういうワケで悪く思うなよ?」
ヴィダルが再び俺に向かって右手を翳す。
「ラグドール皇国の未来を潰す元凶となるかもしれないお前を消す。」
そういうワケってどういうワケだよ!?
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