第30話 競争なんかしねーよ
次の日、いつものようにピッテロ様と鬼ごっこをした後、城に行くと門の前で一頭の馬上にいる見覚えのある人影が2つ。
「キャル、久しぶり。」
セイヴァル。
1週間ぶりか?
そして、シナノ。
「シャスラーさんがシナノを社会勉強させて欲しいって。」
頭から爪先まで全身黒ずくめが、深々と頭を下げた。俺も合わせてペコリと頭を下げる。
社会勉強?
「家に帰る前にまずはラグドール神殿に案内しようと思ってさ。
キャルも行こうぜ。」
いや、俺、今そこから帰ってきた所なんだけど?
俺の返事を待たずにセイヴァルが馬を進ませた。その擦れ違い様にシナノが俺の馬(ピットブル)に乗り移ってきたのだ。俺の後ろから腕を伸ばして、器用にピットブルの鼻先を回れ右、させるシナノ。
「よーし、競争だ!」
相変わらずお子ちゃまだな。セイヴァルは。競争なんかしねーよ。こっちは二人乗りだぞ?
後方でパシンっと小気味良い音がした。ピットブルが「ヒヒンっ」と嘶き、猛然と駆け出す。どうやらシナノが鞭打った様だ。
何やってんの?このコ!?
「しっかりお掴まり下さい。」
耳元でシナノが言った。
手綱も奪われ主導権は完全にシナノだ。
それより俺、見習いとはいえ騎士なのに、これじゃまるで姫じゃん。恥ずい。
二頭の馬の激しいデッドヒートの末に勝利したのは、セイヴァルの馬だった。まあ、こっちは二人乗りだし俺の馬は連続で走らされたからな。可哀想なピットブル。
俺がピットブルの首を撫でていると、ピットブルの背から降りたシナノがその口に何かを入れた。
「某が調合した精の付く薬です。」
訝しげに眺めていた俺に気づき、ピットブルを撫でながらシナノが説明してきた。神殿へと続く階段下にある教会の
「今度は3人で競争だー!」
だから、セイヴァル。
競争なんかしねぇって。・・・楽しそうだからいいけどな。
走り出したセイヴァルの後ろをのんびり昇り始めた。神殿まで曲がりくねった階段と生い茂る木のせいで、先に行ってしまったセイヴァルの姿は見えない。
そういや、シナノは?
階段下を見るとまだ上り始めておらず、俺の方を見上げている。
なんだ?黄金の国には階段がなくて昇り方がわかんねーとかか?
んなわけない。わかんなくても、俺達の真似をすればいいだけだ。
俺はまた階段を昇りだした。
「キャルロット殿。」
わっ!びっくりした!
急に背後にシナノの声が。
振り返るといつの間にか目の前に来ていた。
「某がセイヴァル殿と一緒に来たのは社会勉強ではありません。」
は?
「お師様から貴公等の護衛をするよう遣われました。」
「必要ない。」
皇族や城を護る騎士が護衛されてどうすんだよ。シナノには申し訳ないが、社会勉強してさっさと帰ってもらおう。第一、シャスラーはシナノ世話が無くて独りで生きていけんのか?
俺を見据えながらシナノが覆面を押し上げた。
「ならば、某が勝てば某の好きにさせて戴く。」
シナノが2回跳ねる。
それが、シナノなりのスタートの合図なのだろう。次の瞬間には物凄いスピードで階段を駆け上がっていた。
俺まだいいも悪いも言ってねぇし!
チラリとシナノが振り返った。
表情は隠れて見えないが、完全に笑われた気がした。チッ、ムっカつくな。
伊達に毎日昇り慣れた階段じゃねーぞ?
更に駆け上がっていく黒い背中を追いかける。
アイツ速すぎだろ。
必死で追いかける俺を振り返りもせずに、シナノはどんどん突き放していく。
そうか、シナノにはあの脚力と瞬発力があるから水面を走れるのか。護衛は要らないがシナノから黄金の国に伝わる術や技を色々学べそうだとは思う。
「おっ、キャル、速い。」
息を切らせながら神殿前まで辿り着くと、セイヴァルとシナノが待っていた。
「ゴール間際でシナノに抜かされちゃったよ。」
セイヴァルから水筒を受け取り、シナノを見た。その覆面って呼吸しづらくないのか?
シナノが俺に向かって握った右手を差し出してくる。
精が付く薬でもくれるのかと思い、掌をシナノに差し出してみた。掌にコロンと黒くて丸い塊が転がる。ウサギの糞みたいだ。
それを口に含んで水で流し込む。
「それが毒だったらどうするのですか?」
ゴクンっ。
呑み込んでからシナノが冷静な声で言った。思わず咳き込む俺。
「喩え味方とて余り信用なさいますな。」
俺は口元を袖で拭ってシナノの強い瞳を睨み返した。確かに間違ったことは言ってないけどよ。
「数日前に俺も同じことされたよ。」
セイヴァルがこっそり耳打ちした。
そのままこちらをニヤニヤ見ながら、ラグドール神殿の中に入る。その後続のシナノが俺を振り返った。
「約束通り、この命をかけ貴公等をお護り致す。」
何か重いな。
「まぁ・・・ヨロシク頼む。」
シナノはペコリと一礼してまたセイヴァルの跡を追った。心なしか俺より小さな黒い背中が頼もしく見える。
「ラグドールに来たらまずはヴィシュヌ神様にご挨拶しなきゃね。」
エントランスを歩きながらセイヴァル。
ご挨拶しなきゃならない本人は、今頃お前の家でゴロゴロしてると思うけど。
「キャルロット殿は毎日此方には何を?」
「鬼ごっこ。」
「なんだ。鬼ごっこしてたの?
てっきり雑用押し付けられてると思った。」
「某も鬼ごっこは得意です。」
だろうな。
俺、鬼ごっこでお前に勝てる自信がない。
セイヴァルが礼拝堂の扉を開けた。
「ここにヴィシュヌ神様が居られるんだ。」
だから、そいつはお前ん家にいるって。
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