第33話 下僕の家来

 家に帰ると、俺の部屋の前でオルフェとシナノが無言で向かい合っていた。


「キャルロット様。」


 オルフェが俺に気付き、顔を向ける。


「・・・何やってんの?」


「いえ。」


「・・・・。」


 あ、ヤベェ。

 この状況はヤベェぞ。

 オルフェとシナノをチラリと見て視線を外す。

 俺を含めて軽度のコミュ障しかいねぇ。

 ていうか、俺は何でこんなに緊張してるんだ?誰でもいい、早く来てくれ、と心の中で祈る。


「キャルロット。いつ帰った?」


 どれくらい時間が経ったのか、恐らく数分だとは思うが地獄の様な時間を止める救世主が現れた。母とラクシュミーだ。


「おかえりなさい。

 あら?その子はキャルロットのお友達?」


「奥様。ジャスミン様。

 こちらは黄金の国より参られたシナノ様です。」


 オルフェが淡々と語り、シナノが二人に頭を下げる。

 いつの間に自己紹介したの?君達。


「まぁ~随分と遠い所からいらしたのねぇ。

 美味しいお菓子があるの。お茶にしましょう。」


「いえ、奥方様。某のことはお構い無く・・・。」


「遠慮なさるな。

 其方の事を占ってやろうぞ?

 知りたいのは恋愛運か?」


 母とラクシュミーに両脇を固められグイグイ連れ去られていくシナノ。オルフェとその背中を見送る。


「セイヴァルは寝てんのか?」


 この騒ぎにも顔を出さないとはよっぽど爆睡してるな。


「セイヴァル様は先程お出掛けしましたが。」


 んん??

 帰ってきたばっかりでもう出掛けたのか?

 忙しいヤツだな。

 皇子の顔でも見に行ったか?


「城?」


「いえ。シャイン様の御婚約者様が皇都にいらっしゃるとの事で連れ立ってお出迎えに。」


「ふーん。」


 まぁ、俺には関係ない。一緒に帰ってこなくて正解だったな。

 母も呑気にお茶してるってことはウチには婚約者を連れて来ないってことだ。

 オルフェが俺の部屋のドアを開けた。


「旅の方達は先程立たれました。」


 ヴィシュヌとガルダの事か?

 アイツ、やっと俺をからかうのに飽きたか。ガルダの料理が食えなくなるのは残念だが、やっと静かに寝られる。

 いやいや、ラクシュミーはまだいたな。連れてけよ。


「シナノ様は護衛の方だと聞きましたが。」


「あーうん。異国人だから少し変わってるが仲良くしてやってくれ。」


「畏まりました。」




 兄とセイヴァルが帰ってきたのは夜中だったようだ。俺がいつものように神殿に向かうために起きる時間の少し前だ。

 兄の少し荒げた声と宥める様なセイヴァルの声。

 ドアの閉まる音で会話が途切れた。


「キャルロット殿。」


「いや、勝手に入んなよ。」


「失敬。」


 身仕度を整えている俺の背後にシナノが立っていた。シナノはラクシュミーに偉く気に入られた様で同室に寝た筈だ。


「俺の護衛は大丈夫だからセイヴァルに付いてて。」


 さっきの会話の内容は聞こえなかったから詳しいことはわからないが、何かあったのは確かだ。セイヴァルに話を聞いてる時間もない。


「御意。」


 音もなくシナノの気配が消える。

 直ぐに俺の思考は今日はどうやってピッテロ様を捕まえようか、という策を練る事に変わった。




「キャル君さ、皇都から出たこと無いんだね。」


 俺の剣を光の盾で受けながらピッテロ様が言った。その言葉に頷く。

 皇都生まれで皇都育ちに加えて城での軟禁生活だった俺。視察団の騎士にでも志願すれば各地を回れるだろうが、この前皇女であるアリアに本人付きになるように任命されたばかりだし。

 他国からの侵略もなければ内乱もないし、起こる前に神官が防いでしまう。魔界からの結界を守るのも神官。


 騎士おれ達は何のために存在してるんだ?


騎士きみ達がいるからラグドールは平和なんだけどね。」


 俺の心を読んだかの様なタイミングでピッテロ様がニヤリと笑った。


「あれ?」


 ピッテロ様の両手首にシュルリと巻き付く麻縄。そのままあっという間に後ろ手に縛られてしまった。


「申し訳ありません。大神官殿。」


「シナノ。」


「キャル君に用があったんでしょ?」


「左様。」


 答えながらも手早くピッテロ様の身体に縄を巻き付けていくシナノ。楽しそうに見えんのは俺だけか?・・・足は必要ないだろ。


「キャルロット殿。兄上殿が御乱心なされた。」


 兄?

 なんで?


「何かあったの?シャイン君。」


 蓑虫みたいな姿でピッテロ様がシナノを見た。


「それが、ジャスミン様曰く失恋とやらをしてしまったらしいのです。」


 また?

 性格悪いのがバレたか?


「キャルロット殿が出掛けてすぐのこと。屋敷の中の物を手当たり次第投げ壊し、止めに入ったセイヴァル殿を・・・。」


 シナノが言葉に詰まる。


「殴った?斬った?」


 どっちにしても最悪だ。

 何やってんだ、アイツ


「あー、いえ。その前に某が眠らせました。」


 コイツが眠らせるとか言うと何か恐い。


「殺してねーよな?」


「まさか。仮にも主の兄上ですから。」


 絶対、アイツのこと嫌いだろ。俺もだけど。


「俺、必要ないじゃん。」


「・・・せぬのです。」


 何が?

 俯いたシナノの茶色い瞳が曇る。


「某は間違った事をしたのでしょうか。」


 まあ、ピッテロ様をグルグル巻きにしすぎたとは思うけど。


「セイ君に叱られたの?」


 シナノが頷く。

 叱られて凹むなんて意外に可愛い所もあるのか。

 少なからずセイヴァルは長男である兄を立てるからな。そして、怒ると面倒臭い。滅多に怒らないが、暫く口も聞いてくれなくなる。

 しかし、俺がシナノを慰める理由はない。


「おい、お前。」


 低音に響く声に俺達は振り返った。


「俺が勝ったらお前は下僕その2だ。」


 ジンさんがシナノを見下ろしている。

 身長差でいったら4、50センチ。小柄なシナノが更に華奢に見える。


「某は、己の為には闘わない。」


 ジンさんを見上げる鋭い眼光。


「その1よりはマシみたいだな。」


 その1って俺?

 ジンさんがピッテロ様を軽々と担ぐ。


「さて、大神官は仕事ですよー。」


「え?闘わないの?」


「下僕の家来は下僕ですから。

 それより、何逃げようとしてんスか?」


「バレタ?」


 ピッテロ様に巻き付いている縄が緩んでいる。あんなにグルグル巻きでも魔法って使えるのか。


「来年の『愛するリオちゃん』の誕生日も働かせますよ。」


「ジン!?

 それだけはご勘弁を!!」


 さ、こっちは『愛する弟』でも慰めてやるか。・・・心配する必要もないと思うけど。

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