第34話 壁に耳あり

 俺の読み通り、兄もセイヴァルも表向きはいつもと同じように思えた。

 兄としてみれば、俺とセイヴァルが改めて名指しで皇女付きになったのは気に入らなかった筈だ。

 自分が外れて兄を皇太子付きに、と気を使ったセイヴァルが言った時もあったが、俺がアイツの立場だったら嬉しくも何ともない。

 まあ、アリアの婿候補じゃなく直属の護衛になった今では、以前の様な平和を取り戻したからそんなこともどうでもいいことだ。


「アリア様。大変筋が宜しいですわ。」


「お見事でございます~。」


 広間に称賛の歓声と拍手が挙がる。

 アリアが魔法で蝋燭に火を付けたのを、取り巻き達が笑顔で称えた。その様子をぼんやりと眺める俺。


「私もセシリア先生の様になれるかしら。」


「勿論ですわ。アリア様ならあっという間に私を超える魔法使いになれるはずです。」


 アリアが自己防衛のために魔法を身に付けることは悪いことではない。けど、ラグドール皇国が平和で在り続ける限りそんな機会はやってこない訳だ。


「では姫様。魔法の授業はそれくらいになさって、外国語のお勉強になさいましょう。」


 アリアの側近のフレドニアがニコニコしながら、分厚い本を抱えている。フレドニアは神経質を物語るギチギチに固めたオールバックにした髪と、チェーンのついた金縁の片眼鏡、口髭を蓄えた『面倒臭いおっさんラグドール代表』みたいなオッサンだ。年齢は不詳だ。


「え?もうおしまいなの?

 フレドニア。お願い、もう少しだけ。」


「なりません。」


 滅多に我が儘を言わないアリアに向かって、フレドニアがピシャリと叱りつけるように言った。


「姫様はラグドール皇国において外交の要となられる身。その事をご自覚なさいませ。」


 アリアは俯いたまま文机に腰をかけた。フレドニアがその目の前に無言で本を置く。涙をいっぱいに溜めた瞳で俺をチラリと横目で見るアリア。

 何?俺、助けらんねーよ?フレドニア苦手だし・・・。


「全く、何時から姫様はこんなにも我が儘になってしまわれたのか。嘆かわしい。

 そんなことでは何処にも・・・。」


「あー、アリア様?

 もしお邪魔じゃなければ俺達も一緒に学んでも構いませんか?」


 俺

 セイヴァルに腕を掴まれる。


「ええ、勿論。」


 アリアがニッコリとはにかんだ様な笑顔を見せた。

 おいおい、結局『ご学友』に逆戻りじゃねーか。つーか、フレドニアが凄い目でこっちを睨んでるんだけど?


 コンコン


 ドアがノックされて返事を待たずに開かれる。


「ご報告です!」


 大皇妃付きの側近の一人だ。

 何だ?急用か?


「ルーベル皇太子様が・・・。」


「お・・・皇太子様がどうしたのだ!?」


 大皇妃の側近に掴みかかりそうな勢いでフレドニアがドアの方に飛んでいく。


「皇太子様が寝返りをうたれました!」


 ・・・ネガエリ???


「なんと!それは大変だ!

 姫様!参りましょう!!」


「私は自習していますので、どうぞ行って差しあげて下さい。」


 これは一大事とばかりに慌てるフレドニアとは裏腹に静かに落ち着いているアリア。一瞬、アリアを不思議そうに見てからフレドニアがまたソワソワしだした。


「そ、それでは暫し自習のお時間とします。」


 フレドニアに続いて、我先にと教師やらメイドやらが次々に部屋を飛び出したもんだから、アリアと俺とセイヴァルが取り残された。シンと静まり返る中、俺はセイヴァルに目をやった。

 案の定、皇太子の許へ行きたくてウズウズしているセイヴァル。


「行ってこいよ。」


「申し訳ありません!アリア様!」


 俺が声をかけると、セイヴァルは叫んでから便所でも我満してたかのように部屋を飛び出した。

 そんなに行きたかったの?

 面倒臭いヤツ。


「てか、ネガエリって何?」


 アリアに尋ねるとキョトンと目を丸くしている。


「フフッ。

 やだわ。キャルロットってば。」


 少しだけ笑ってからアリアが深く息を吐いた。


「私はね、皇太子様が羨ましいのかもしれないわ。私はお母様じゃなく乳母に育てられたから。」


 自分の弟なのにルーベルではなく、皇太子と呼ぶアリアに違和感を感じる。


「私が皇子じゃなかったから・・・。」


 アリアの表情が曇り言葉に詰まる。


「思い過ごしじゃねーの?」


 泣かれるのは御免だ。

 少なくとも俺が見た限り、アリアが大皇夫妻である両親から、可愛がられてないってことはないんじゃねーの?


「皇太子様が生まれる前は女皇としての自覚を持てと言われ、今では外交の要としての自覚?

 キャルロット、私はラグドール皇国の為に好きでもない何処かの国の王と結婚させられるの。政略結婚って言うんですって。」


 アリアが何処の誰とどうなろうとあんまり興味はない。けど、泣かれると面倒だから何か言わねーと。


「好きな相手と結婚できないなんて可哀想だな。」


 言った後にハッとした。

 ・・・それ、俺もじゃん。

 何、自分に大ダメージ与えて落ち込んでんだよ。


「キャルロット・・・あの、私・・・。」


 アリアに話し掛けられて我に返る。見ると何故か顔を赤くして俺を見つめるアリア。

 この空気は何だ?すっげぇ・・・気不味い。


 カタン


 物音のした方を振り向くと、セシリアが自ら倒したと思われるテーブルの上の蝋燭台を慌てた様子で掴んでいた。


「申し訳ございませんっ。私に構わず続きを・・・っ!」


 アワアワと蝋燭台を戻し姿勢を正すセシリア。お堅いキャラかと思いきやドジな面もあるんだな。


「セシリア先生っ。いつからいらしたのですか?」


「あの、ずっと居りましたが・・・?」


 アリアに尋ねられ、セシリアが眼鏡を押し上げ汗を拭く。

 文字通り空気の様なヤツ。

 その時、俺は空気の様なヤツがもう一人いたことを思い出した。


 部屋の壁とすっかり同化しているシナノだ。チラリとその方向を見遣ると、壁と同じダマスク柄の布が少しだけ捲れて、シナノが目だけを覗かせる。


 ・・・何だよ。その何か言いたげな目はよ。

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