第4章

第35話 月のない夜に

「キャルロット。一大事であるぞ。」


 んあ?


 深夜。

 叩き起こされて目を開けるとラクシュミーの顔が目の前にある。

 どうした?ヴィシュヌが寝返りでも打ったか?


「一緒に来て給う。」


 え?今?

 尚もグイグイと俺の手を引っ張るラクシュミー。その顔色からして相当混乱しているようだ。


「落ち着けよ。」


「落ち着いて居られいでか。」


 そういや一大事って言ってたな。

 渋々ベットから出る。


「シナノ。」


「キャルロット殿。如何なされた?」


 呼べば直ぐに応えるシナノは一体いつ寝ているのか不思議だが、そんな事をのんびり考えてたらラクシュミーに叱られるな。


「俺、出掛けるからオルフェに言っといて。」


 オルフェも呼べばどんな状況にあっても来てくれそうだが、ここんとこどうしてもシナノに声を掛けてしまう。


「御意。

 鬼ごっこは某が参りますのでお任せあれ。」


「・・・頼んだ。」


「さぁ、急ぐのじゃ。キャルロット。」


 ちょっ・・・待て。

 俺、寝巻きなんだけど!?

 ラクシュミーに手を引かれて玄関を開けると、カルラがこちらを見ていた。神殿のカルラだ。


「ガルダが使えぬからな。

 呼び寄せておいた。」


「ガルダ?何かあったの?」


「それは追々じゃ。」


 ラクシュミーと供にカルラに乗る。

 闇の中を飛ぶカルラ。今日は新月だったか。


「何処に行くんだ?」


「取り敢えずアクシャヤヴァタ、か。」


 前に座るラクシュミーが俺を振り返った。


「アクシャヤヴァタ?世界樹?」


「やはり知っておるのか。」


「そこでヴィシュヌと会った。」


「なるほど。

 まぁ、そこに居る保証はないのだがな・・・。」


「ん?」


 呟くラクシュミーの声が風切り音で良く聞き取れない。


「誰かを探してるのか?ヴィシュヌ?」


「姉だ。」


「姉?」


「キャルロット。ちゃんと掴まっておれ。」


 ラクシュミーがパンッと音を立て手を合わせる。両手が光を帯び始め、その手でカルラの体を撫でた。


「お前に名を与えよう。

『パドマ』。」


 いや、人ん家のカルラに何勝手に名前つけてんだ?

 次の瞬間、カルラの・・・命名パドマの体がピンク色に光りだした。


「何?

 っっっ!!??」


 モモイロフラミンゴの様にド派手なカルラと化したパドマの飛行スピードが格段に上がる。余りの風圧に俺の体が持っていかれそうになった。

 咄嗟に前に座るラクシュミーにしがみついたが、予想以上に華奢な体に益々不安になってしまう。このまま二人とも闇に放り出されたら、終わりだ。


「着いたぞ。」


「え?」


 恐る恐る目を開けると見覚えのある光景。

 コモンドールの泉だ。満天の星空を映した泉がこの前より更に神秘的に見える。


「其方から抱擁を受けられるのならば、もっと早くこうすれば良かったのぅ。」


「男の次は人妻か。」


 声のする方を見ると、世界樹の根元にシャスラーが横たわってこちらを見上げていた。

 ゆっくりと身体を起こして軽く伸びをする。まさかとは思うがずっとここにいたんじゃねーよな?


「・・・いい加減ラクシュミー様から離れろ。」


 ジロリとシャスラーが水色の瞳で俺を睨む。


「え?・・・ああ。」


 抱き心地が良すぎてつい。

 俺はラクシュミーから手を離して地面に降りた。気のせいか世界樹が少し大きくなった様な。


「久しいのぅ。」


「あっ!ハっハイ!!

 ラクシュミー様は相も変わらず美しく麗しく、ゴキゲン宜しく、その美しさはあの月の様に燦然と輝き私目の様なゴミムシ如きがその澄み渡る夜空に似た御瞳に映る等勿体無くもやはり感激でありますっラクシュミー様の為なら喩え火の中水の中何時何時いつなんどきでも馳せ参じたてまつったてまたてまつり・・・はせはべっ!!」


 ラクシュミーに声をかけられて直立したまま顔を赤くするシャスラーだったが、どうやら舌を噛んだらしい。

 講釈長いし。月出てねーし。口から血でてるし。なんかキャラ違うし。


「ラクシュミーのこと好きなのか?」


「愚か者!をつけろ、『様』を!

 そもそも人間如きのお主が易々と触れて良いお方じゃないのだぞ!?お主の様なネェちゃん如きがラクシュミー様の御目に触れることも穢らわしい!」


「で、好きなのか?」


「すっ好きとかそういった無粋な存在ではない!!

 ラクシュミー様は神界の、いや、宇宙のマドンナ!宇宙そのもの!!高嶺の華の中の華!!ラクシュミー様は皆の憧れ故に誰かの物になることは許されぬほど尊く高貴なお方!それを!!

 それをあの優男がまんまと掻っ攫いおったのだっ。」


 あー、ヴィシュヌのことか。

 あんまり長いから途中聞いてなかったけど。


「で、姉様を知らぬか?」


 熱弁を奮ったシャスラーの言葉など無かった事の様に、ラクシュミーが無表情でシャスラーを見た。


「姉上様・・・?

 ま、まさかアラクシュミー様がいなくなったのですか?」


「そのまさかじゃ。

 世界樹に来れば会えると思ったのだが。」


 ん?

 泉の向こうの岩影に人の姿が見えたような。

 じっと目を凝らしているとまたぴょこんと頭が出た。暗くて良く見えないが女のような?

 人影は俺が見ているのに気付き、驚いたように一瞬飛び上がった。


「あっ!姉様!!」


 直ぐにラクシュミーがパドマに乗ったまま追い掛ける。

 アレがラクシュミーの姉?

 この暗闇でよく確認できたなと感心してしまう。

 世界樹のある浮き島に取り残された俺とシャスラー。


「ヤバいぞ。ネェちゃん。

 早くアラクシュミー様を捕まえて神界にお帰り戴かねば・・・。」


 そう言われても俺は飛べないし水の上も走れない。


「何がヤバいの?」


「アラクシュミー様は不幸を司る。

 司る処か彼女の存在はそこに在るだけであらゆる不幸を招くのだ。」


「不幸?」


「例えば自然災害や争いや疫病。大小問わぬ災厄だ。」


 何ソレ。普通に恐いんだけど。

 近づいても大丈夫なのか?

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