第45話 婚約御披露目パーティーPart.Ⅱ

 兄とセシリアとの婚約御披露目のパーティーとやらの日。外は生憎の雨模様。

 婚約しただけなのに、いよいよ後戻りできないのではないかと言う程の数の招待客が集まった。


 俺はというと、膝の痛みに耐えていた。

『成長痛』だとセイヴァルは言うが、突然襲う痛みに思わず目が潤んでしまう。夜中、ミシミシ軋む音が自分の体から聞こえてきた時は不気味すぎて寝られなかった。それでもその痛みもナラシンハに斬られるよりはマシかもしれないが、そんなことより帰りたい。

 雨のせいか頭痛までしてきた。


「顔、緩んでるぞ。」


 セイヴァルに耳打ちされ、姿勢を正した。

 白い騎士の正装を着こなすセイヴァルは2年前より様になっている。 この位、身長差があれば、並んでいる俺達を見間違う人間はいないだろう。何なら俺の方が弟みたいだ。

 アリアも出席しているお陰で、俺とセイヴァルはソーヴィニヨン家の者としてではなく、アリア皇女の護衛としてここにいる。

 今日のアリアはロイヤルブルーのドレスで着飾っている。その姿を背後から見ていると、いつかの悪夢の中に登場したロザリオに印象が重なった。


 気を引き締めて上座から正面の会場を見渡した。兄と婚約者のセシリアが招待客のいる円卓ひとつひとつに挨拶に回っている。

 貴族はパーティー好きだ。

 よくもまあ、飽きずに年柄年中何かしらの名目をつけて晩餐会やらダンスパーティーやら何処かの屋敷で開催されている。城では月に一度の定例会と今日みたいな祝事が頻繁に行われるから、そう考えると俺達騎士もそんなに暇なわけじゃないな。


 今日は異国の曲芸師や踊り子を招いているそうだ。まあ、それは珍しいことではないが、地味カップルの婚約の件が霞んでしまわないのか?


 宴の会場内の灯りが落とされ、ステージ上に備えていた松明に炎が灯る。

 褐色の肌で半裸の男達が異国の楽器で独特の音楽を奏でる。頭から足首に至るまでジャラジャラと金属製の飾りをつけた露出度の高い女達が音を鳴らしながら会場に入ってきた。音楽に合わせて、ヴェールから目元だけを覗かせた女達が艶かしく踊る。薄明かりの中、男も女も筋肉質な光る身体がより際立って見えた。


「ピンシェル辺りの踊りかしら。」


 アリアが羽根扇で口許を隠しながら、後ろに立つ俺の方をチラリと見た。アリアの隣に立っているフレドニアと目が合う。


「あの辺の島とかデスかね?」


 わかんねーけど。

 ラグドールから遥か遠い南西に位置するピンシェルの周辺には小さい島が沢山ある。一年を通して気温が高く、殆んど裸みたいな格好で生活する彼等の肌は褐色だと聞く。ラグドールの冒険家が最近になって発見して調査しているそうだが、俺の想像では目の前ステージで踊る様な人々が住んでると、思う。


 貴族達は異国の踊りに少し興味を示しただけで直ぐに談笑へと華を咲かせた。中には食い入るように裸同然の踊り子の身体に釘付けのオッサンもいるが。


 目の前のテーブルで兄とセシリアが男爵夫妻に何か言われ、顔を見合わせて笑っている。仲は良さそうに見える。

 数日前の言い争う声は何だったんだ?

 二人を観察していると、こちらを見る兄と目が合った。二人は男爵夫妻に会釈した後、こっちの方に近付いてくる。


「アリア皇女様。」


 アリアの前まで来ると、兄がにこやかに声をかけた。アリアは頷いてから扇で口許を隠した。


「此度のめでたい席に立ち会えて大変光栄である、と姫は申している。」


 彼女の代わりに側近のフレドニアが今回の主役二人に向かって声高に言う。

 が、アリアはそんなこと一言も言っていない。


「有り難き幸せにございます。」


 二人は深々と頭を下げてから、再び貴族達の輪の中に入っていった。

 女は恋をすると変わるっていうが、俺が持っていた2年前のセシリアの野暮ったい印象と今日の彼女とは少し違って見える。

 正直、綺麗になった。元々、磨けば光る質だったのかもな。


「お幸せそうで何よりだわ。セシリア先生。」


 ほぅっとアリアが溜め息をついた。恐らくセシリアは結婚後、魔法の先生を辞めるだろう。昨日は上達したアリアの魔法の腕前に驚いた。攻撃系より治癒系の方が得意だとアリアは言っていたが、どうせ実戦の場もないだろう。俺とセイヴァルが怪我したら治してくれるって言ってたが、フレドニアが恐くてそんなこと頼めるわけない。


「キャル。」


 セイヴァルが俺に耳打ちした。

 その視線を追う。


 俺達からかなり離れた席、異国の踊りが披露されている真ん前のテーブルに少女が座っている。その少女の何が凄いって食べる量が半端じゃないのだ。面白がる大人達に囲まれ、運ばれてくる料理を済ました顔で次々に平らげていく。

 てか、アイツ・・・。


「ゴスロリ。」


「え?」


「俺、アイツ知ってる。」


 見覚えのあるゴシックロリータ。コモンドールの洞窟の結界で見た魔物だ。

 ゴスロリは口許をナプキンで拭きながら、俺の方を見据えてニヤリと笑った。黒い大きな瞳。


「他に仲間がいるかもしれない。警戒した方がいい。」


 俺はアリア達に聞こえないように声を潜めた。まあ、音楽と騒々しい中で聞こえる筈もないけど。


「キャル、あの子は何なの?」


「2年前、コモンドールの結界から出てきた魔物だ。」


「魔物?あんなに可愛い子が?」


 本来の姿はわからないが、アラクシュミーの呪いで子供になった様だった。未だに同じ姿ってことは気にいってんじゃねーか。


「俺が接触してくる。

 お前はアリアを。」


 セイヴァルが頷く。


「わぁ!」と、いう会場内の歓声。

 演出なのか松明の炎が大きくなり、それに合わせて音楽が激しさを増す。

 ゴスロリに視線を戻すと、会場から出ていこうとしている後ろ姿。


「シナノが追った。」


 セイヴァルの声に視線で返事をして、俺はゴスロリの後を追いかけた。

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