第10話 護りたいもの

 母の足がムキムキになったかどうかは確認できなかったが、いつ俺達が家に帰れるかを確認するために父を探した。

 まだ祝宴は続いていた。もしかしたら、朝まで続くのかもしれない。


「いた。」


 城の別塔にある騎士団長室の前で父と兄の姿を見つけた。兄のシャインは俺達の5歳上で、容姿は俺達に似ておらず、顔も体型も平均的で、唯一母譲りの金髪だけが自慢といったところか。セイヴァルはどう思ってるか知らないが、俺はあまり好きじゃない。


「父上。兄上。」


「キャルロット、セイヴァル。

 残念だったな。」


 俺達の顔を見ての兄の第一声がこれだ。流石のセイヴァルも少しムッとした表情を見せた。


「折角ソーヴィニヨン家が政権を握れるチャンスだったのに。」


「慎め。シャイン。」


 城内で人目も憚らず滅相もないことを口走るバカを父が眉間に皺を寄せて諫めた。

 ホントになんでこんなのがソーヴィニヨン家の長男なんだ?

 兄は剣の実力もなければ、学才もない。更に言えば口も軽い。

 根は悪い人間ではないのかもしれないが、大した努力もせずにラグドール皇国騎士団に入れたし、ソーヴィニヨン家を継ぐのも兄になるということがまず気に入らない。

 決して俺が家督を継ぐ気は更々ないが、これ以上兄に大きな顔をされたら、堪ったもんじゃないぞ。


「父上。折り入ってご相談があるのですが。」


 父に促されて俺達は騎士団長室に入った。何故か兄も付いてくる。


「セイヴァル、どうした?

 なんでも言ってみろ。」


 室内の大きな椅子に座ってから父がセイヴァルを見つめた。


「俺とキャルロットが城に住んでから3年になります。俺達がアリア皇女様の婿候補だっていうことは知っていますが、皇太子様が誕生した今、この話を白紙に戻して戴けるように進言して欲しいのです。」


 セイヴァルが緊張しながらも父に向かって、はっきりと言った。良く泣かずに言ったな。


「それに」


 俺は深呼吸をしてからセイヴァルの後に続けた。


「それに俺はもっともっと強くなりたい。このままアリアの・・・アリア様の学友やってたんじゃ、強くなれないし、守りたいものも守れなくなってしまう。」


 父とセイヴァルが驚いた顔で俺を見ていた。まぁ、こんなにも家族の前で喋ったのは滅多に無いから無理もない。やっぱり喉に違和感があるな。


「お前達の気持ちはわかった。」


 父は深く息を吐いて腕を組む。


「当初から住み込みに必要性がないと異論を唱えていたのだが、長老達が煩くてな。皇太子様が生まれて浮かれている今なら聞き入れてもらえるかも知れん。」


 城の長老ジジイ達・・・。アイツらのせいで俺達は3年も幽閉されてたのか。

 父が柏手を打って立ち上がった。


「よし、今から行ってくるぞ。

 何が何でもお前達を家に連れて帰る。

 荷物を纏めておけ。」


「はいっ!」


 父の思いつきと行動力の早さには毎度驚かされるのだが、今回ほど頼もしいと思ったことはないかもしれない。

 兄が「チッ」と軽く舌打ちするのを俺は聞き逃さなかった。そういや、家にはコイツもいるんだったな。まぁ、俺は全然相手にしないのだが。

 父の跡に付いて俺達は騎士団長室のある塔から出た。空を見上げると美しい三日月がぼんやり浮かんでいる。


 ロザリオはもう寝ただろうか。

 今日の俺にとっては夢のような出来事も幼いロザリオはきっと忘れてしまうだろう。

 彼女の笑顔を取り戻すまで、俺は彼女にもう会わないと心に決めた。それが俺にできる精一杯の償いと戒めを込めたものだ。



 俺とセイヴァルは城にある自分達の部屋で早速荷物を纏めていた。3年ぶりの我が家か。


「ヴィシュヌ神様に母上の願いが届いて良かったよね。」


 セイヴァルの言葉に俺は素直に頷いた。もう母に甘える年齢でもないが、毎日顔を見られるのかと思うとやっぱり嬉しいかもな。

 それより退屈で苦痛だったアリアの学友から解放されるというのが1番嬉しい。見習い騎士といいながら騎士としての活動や剣の鍛練が半分もできなかったから、これからは1日を思う存分に鍛えられる。


「ところでさ、キャルの守りたいものって何なの?」


 ───固まった。

 憶えてたか・・・。てか、憶えてるよな。あんなにはっきり言ったんだから。

 聞こえなかったふりをして黙々と作業を続ける俺。


「あ、無視すんなよ。」


 セイヴァルにも面と向かっては言えない。俺の1番大切なものが、決して手に入ることのない存在で、もしかしたら、俺が守る必要がない、俺より強くなってしまうかもしれない最強の存在だということは。


「アリア様?」


 なんでそうなる。

 俺は深呼吸をしてからセイヴァルを見た。


「・・・自由。」


「は?」


「俺が守りたいのは自由だ。」


「・・・なるほどね。」


 イマイチ納得いっていないようだが、セイヴァルはそれ以上何も聞いてこなかった。聞いても無理だと判断したのかもしれない。


 コンコンっ。


 扉がノックされてセイヴァルが開けた。

 父がニコニコしながら部屋に入ってきた。


「どうでしたか?父上。」


 セイヴァルが怖ず怖ずと父に尋ねた。

 顔見たらわかんだろ。笑ってるんだから。


「良く考えたら、家族毎こっちに引っ越した方がいいんじゃないかと思ってな。

 今の家から通勤30分もかかるし。」


 は?

 俺とセイヴァルはただ父の顔を見ていた。


「喜べ。城の近くに別邸を建てることにしたぞ。」


 父の思いつきには誰も逆らうことはできない。

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