第2章

第11話 カルラの雛

 晴れて俺とセイヴァルはアリア皇女の学友の立場から解放されて、家に戻れる様になったのだが、別邸が完成する当面の間は城近くの仮住まいに滞在することになった。父の思いつきの行動は本当に早い。仮住まいのこの家も別邸を建てる予定の土地もその日の内に決めてしまうのだから。

 建設予定地は前々から下見をしていた可能性もあるかもしれないが、俺とセイヴァルの件はきっかけにはなったのだろう。


「おはようございます。キャルロット様。セイヴァル様。」


 仮住まい生活にも漸く慣れてきた頃。いつもの様に執事のオルフェが俺達の部屋のカーテンを開けた。今日は曇っているせいか外は薄暗い。


「おはよう。」


 毎日聞いている筈のセイヴァルの声なのだが、日に日に掠れて低くなっている気がする。それはまぁ俺も同じな訳だ。


「キャル。たまにはアリア様の所にも顔を出せよ?」


 は?何で?

 シャツに袖を通しながらセイヴァルを見た。

 セイヴァルは子供好きなので時間が空いたら、皇太子を見に行っている。その時にアリアとも顔を合わせるんだろう。


「ほら、ご学友じゃなくなったからって急に顔も見せないんじゃ冷たい人間だと思われるぞ?毎日城に行ってんのに。」


 いや、別にどう思われても構わないけど。特に話すこともないし。面倒臭い。


「最近のアリア様が何となく元気ないみたいに見えてさ。」


 俺がアリアのとこに行ったところで元気が出るわけではない。元から元気いっぱいって感じのキャラじゃないから、気にするほどでもないと思うし・・・。

 まぁ、気が向いたら行ってやらないでもない。


「そう言えば、兄上に恋人ができたそうだぞ。」


 マジか。

 物好きな女もいたもんだ。

 家柄も職業も申し分ないだろうから、選り好みしなければそれなりに女も寄ってくるかもしれないな。黙ってれば馬鹿もバレないだろうし。

 何にしても、興味ない。



 今まで通勤時間ゼロだったのが、馬に乗って3分に変わった。母に見送られて俺とセイヴァルは父と兄より早く家を出た。

 すれ違う近所の人間に馬上から笑顔で挨拶を交わす律儀なセイヴァル。俺も欠伸を噛み殺しながら会釈だけはしている。


 騎士に休みはないが、当番じゃない今日みたいな日は基本的に何をしても咎められることはない。セイヴァルは当然皇太子の様子を見に行くのだろう。


「キャルは今日どうするの?」


「カルラの訓練。」


 セイヴァルの問い掛けに俺は一言だけ答えた。移動専門の大型鳥類カルラを戦闘用に訓練するのに今ハマっている。

 馬を乗り熟すのも面白いけど、馬よりも警戒心の強いカルラと仲良くなっていくのが楽しい。


「じゃあ、午後から俺も合流するよ。」


 セイヴァルは子供好きだが動物も好きだ。最近は馬と戯れることの方が多いかもしれない。


「もうあのヒナもだいぶおっきくなったな。」


 セイヴァルの言葉に頷いた。

 カルラは冬に卵を産む。

 春先に孵った雛が親元からヨチヨチ離れるようになっていた。雛といっても中型犬くらいはあるけど。

 馬を馬舎に繋いで真っ直ぐに鳥舎に向かった。


「お、おはようございますっ。キャルロット様っ。」


 城にはたくさんのメイドが仕えている。

 ・・・いるのはわかるんだが城に入ってから鳥舎に辿り着くまで何人のメイドと擦れ違ったことだろう。会釈をする首もいい加減疲れてきたぞ。


「おはよう。キャルロット。

 首、どうかしたか?」


「ん。」


 首を摩りながら鳥舎の中に入ると、カルラの調教師をしているマリオに尋ねられた。マリオは父より少し上くらいのいい感じにくたびれたオッサンだ。娘のセネカは俺と同じ年で調教助手をしている。


「おはようございます。」


 奥から水の入ったバケツを抱えたセネカがフラフラしながら顔を出したので、軽く右手を上げて挨拶を返す。

 ラグドール城で管理しているカルラは現在7羽。もっと増やしたいのだが、繁殖が難しいらしい。

 神殿のカルラとつがいにできればもっと増えるだろうか。


 今年生まれた雛が俺の足元にやって来て靴を突っついている。カルラは赤い羽根と黄色の羽根で飛んでいる姿が燃え盛る炎の様でとても美しい。雛の内は黄色なので大きいヒヨコみたいだ。

 俺は雛を連れて鳥舎の外に出た。1年を通して何かしらの花が咲いている庭園で、好奇心旺盛な雛がヒラヒラした白い花をつついている。アリアの教師がなんちゃら花とか言ってたヤツだ。

 食えんのか?


 噴水の縁に腰掛けてボーっとカルラの雛を見つめていると、ヒソヒソという話し声と視線にどうにも我慢できなくなった。

 顔を上げてみたのだがその光景にギョッとして、また雛に視線を戻す。

 木の陰や植え込みの後ろ、城の中からまで遠巻きに俺を見ていた。殆どが女だが、メイドだけじゃなく普段着のドレスを着た女もいる。たぶん皇太子の出産祝いに訪れた貴族とかなのかも。


 何にしても気味が悪すぎる。

 いや、そもそも俺を見てんのか?カルラの雛を見にきてんのかもしれないな。

 自意識過剰は良くない。良くないけど・・・。


 俺はカルラの雛を抱き上げて鳥舎に駆け込んだ。セネカに雛を渡して、1番元気が良くて相性のいいカルラを外に連れ出した。


「雨降る前に帰ってこいよ。」


 マリオに頷いて俺はカルラの手綱を握り、助走させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る