第12話 雨と半ケツ

 悠然と空を舞うカルラの背に乗っていると、頭の中が空っぽになって余計なことを考えなくていい。一時間程経っただろうか、頬に雨粒が当たった。やべ。

 カルラは雨に強いが、俺は濡れるのが嫌いだ。


 眼下を見ると丁度兵士の詰所が見えた。あそこで雨宿りしよう。カルラを下降させて詰所に辿り着く頃には雨足が強くなってきていた。

 詰所の中には誰もいなかったので巡回中だろうか?

 誰もいない詰所の固い長椅子に横になりマントに包まった。雨は一向に止む気配がないから、最悪濡れるのを覚悟で帰らなきゃいけなくなる。うとうとしていたら本当に寝てしまっていた。


 誰かが入って来たが、気づかない振りをしてそのまま寝る。が、激しい雷の音と荒い呼吸の気持ち悪さで目を開けた。

 目の前に見覚えのない20代後半位の男の顔がある。


 雨は嫌いだ。感覚が鈍る。

 何だ。この状況。

 俺が思いっきり睨み付けると、男は一瞬怯んだが曖昧に笑った。そのまま気にすることなく俺のズボンのベルトを外そうとしだす。


「何してんだよっ。」


 俺は男の肩に蹴りを入れた。

 コイツ兵士か?革の防具を身に付けている。


「いいじゃん。減るもんじゃないし。

 ヤらしてよ。」


 男に蹴りを出した足を掴まれる。


「ここに寝てるお前が悪いんだから。」


 見下ろす男の気持ち悪い視線に全身が総毛立った。


「・・・俺、男だぞ?」


 足首は掴まれたまま後退りして、男を睨む。

 人の性癖にどうこう言うつもりはないが、気持ち悪い。


「関係ねえよ。俺が欲情したんだから責任とれ。」


 意味わかんねぇ。

 ここ何十年、それこそ父が生まれる前から、大きな戦争もなく平和慣れしたラグドール皇国で、騎士や兵士達は堕落していた。暇と力と性欲を持て余した彼らは、女を強引にナンパしたり、時には無理矢理乱暴を働いていると聞いた。


 ───待て。

 今、正に俺はコイツの性欲の捌け口にされそうになってんのか?


「ふぃー参ったぜ。この雨。」


 ガチャガチャと音を立てて数人の兵士が入って来た。助かった。


「何やってんだ?てか、誰そのコ。」


「美人ちゃんだな。」


 は?

 え?俺、女に見られてんの?

 それともコイツら皆ゲイ?


「貧乳の白雪姫?ここに寝てた。」


「ラッキーじゃん。終わったら貸して。」


「でも、貧乳かぁ。」


 ・・・何かコイツら馬鹿だ。


「放せよ。」


 相変わらず押さえ込まれている俺の足。懐に小型の剣ダガーと椅子の下に愛用の剣がある。何なら目の前の男が腰にぶら下げてる剣を使った方が早いかもしれない。相手は4人。


「声も可愛いし。」


 なっ・・・何だとっ!?


「お前嫌われてんじゃね?」


「ちょっと抵抗されるくらいが燃えるんだよ。」


 俺は身体を反転させて男の腕から自分の足を抜いた。そのまま男の剣を鞘から抜刀して、咽元に刃を当てる。


「!?」


「お戯れが過ぎんだよ。馬鹿。」


 兵士達が一歩も動けずに固まっている。


「コイツ!ソーヴィニヨン家の双子だ!!」


「え!?」


 一人の兵士が俺を指差して叫んだ。

 幽閉されてたけど俺もちょっとは有名人なんだな。


「てことは、男!?」


 うるせーな。今から男らしくなるんだよ!!

 男の剣を床に放り投げて、椅子の下の自分の剣を拾い上げ腰の金具に填めた。ソーヴィニヨン家に逆らう命知らずはそうそういない。

 散々な雨宿りだった。まだ雨は降ってるけど、こんな所にいたくはない。


「!!」


 詰所を去ろうとした時、後ろから羽交締めにされた。両腕と両足を押さえられて口にクッサイボロ雑巾で猿轡をされる。


「何、帰ろうとしてんだ?」


 え~?まだ諦めてねーのかよ・・・。

 てか、マジでコイツら馬鹿か?

 面倒くせぇ。


 まぁ、4人がかりで襲われても逃げ出す術はある。兵士の位置を確認した。入り口に1人、羽交締めにしてるヤツが1人、目の前に2人。


「ホントに男なのか?」


「この際どっちでもいいだろ。ホラ、脱がせろ。」


 目の前の男二人の腹に両足で蹴りを入れる。間髪入れずに羽交締めにしてるヤツの顎に頭突きしてから、腕を抜き剣の鞘で鳩尾を打った。


「ぐぅっ・・!」


「・・・・っ!」


 猿轡を外して、蹲る3人が動けないのを確認してから、入り口にいた男を睨んだ。怯えている様に見えた男の口がニヤリと形を変えた。

 ・・・しまった。

 あのボロ雑巾に何か仕込まれてたのか?


 急な眩暈に片膝をついたのを、腹を蹴った男の一人にうつ伏せに押さえ込まれる。蹴りが甘かったか。

 ───仕方ない。カルラを呼ぶしかない。


「わぁ♪楽しそうな遊びしてるね。

 キャルロット。」


 はっとして重い瞼を頑張って上げた。

 銀髪に褐色の肌の異国風の少年。

 俺が寝ていた長椅子に足を組んで座っている。

 ・・・ルゥ?


「おおおお前!?どどどどっから入ったんだ!!」


 入り口に突っ立ったままの男が叫び、腰の剣を抜刀した。いや、慌て過ぎだろ。


「ああ、ボクのコトは気にしないでお楽しみの続きをどうぞ?」


 霞んでいく目がルゥのニヤニヤ笑う顔を映す。ムッカつくな~。

 ルゥが敵ではないと判断したのか、腹と顎を押さえた二人も加わって俺のズボンを脱がしにかかった。


「可愛いおしりが見えてるよ。」


 いや、まだ半ケツだからセーフ。じゃ、なくて。


「助けて欲しい?キャルロット?」


 相変わらずニヤニヤしているルゥ。

 カマ掘られんのもゴメンだが、お前に助けられるなんてもっとゴメンだ!!

 敵も抵抗しない俺に油断していたのだろう。押さえ込んでいる男の脇腹に肘打ちをして、俺は渾身の腕立てで起き上がった。そのまま床に転がっていた自分の剣を掴んだ。


「ウソだろ。象でも眠る催眠剤だぞ?」


 下半身丸出しの男二人が、剣を杖がわりに立ち上がった俺を呆然と見ている。


「・・・もう赦さねぇ。」


 俺は懐からダガーを取り出して自分の左太腿に突き立てた。


「!!?」


 完全に目が醒める。

 その後、泣いて赦しを請う兵士4人を容赦なく叩き斬ったのだった。


 最初から斬ってしまえば良かったか?

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