第77話 ここに用はない。
「ただの戯れじゃないか。
そう目くじらを立てるな。」
アエーシュマが溜め息混じりに言った。
そして悠然と花園に空いた穴に向かい、その穴を眺めている。
妖精達は何処かに隠れたのか、姿は見えない。
「さ、僕達と行こう。キャルロット。」
「まだセイヴァルが・・・」
俺が言いかけるとフェンリルとヨルが顔を見合わせた。
「騙されたんだよ。キミ。」
フェンリルが鼻を擦り寄せてきた。
騙された。案の定というべきなのだろう。
「ここにはもう用はないんだ。」
フェンリルの言葉に一気に脱力感が襲ってきた。
何の為に来たんだよ。俺。
こうしてる間にラグドール国はどうなっているのだろうか。
魔王であるルゥは何をしているだろう。
あれから姿を見ていない。
黄色い薔薇を拾い上げて香りを嗅ぐアエーシュマをフェンリルが睨みつける。
「僕、言ったよね?
キャルロットに何かしたら許さないって。」
「未遂だろ?」
アエーシュマが鼻で笑った。
まあ、結果的にはな。
しかし、一からセイヴァルを探さなくてはいけない事に変わりは無い。でも、あの時のアエーシュマの反応はセイヴァルを知っていると感じたんだ。
俺は力無くフェンリルの背中に乗り込んだ。
「行くのか?」
「・・・・。」
悪びれる事もなく言ったアエーシュマを一瞥した。
ニヤリとその唇が勝ち誇った様に歪む。
アエーシュマの視線の先、フェンリルの足元に少女の姿をした天使の彫像がある。その両腕がフェンリルの前脚にしがみついていた。
どこか悲しげな面差し。
当のフェンリルといえば差程手応えはないらしく、軽く前脚を揺らすが天使の彫像は掴んだまま離さない。
「この子思ったより重い。」
「重くなる様にしたからな。」
アエーシュマが低い声で言った。天使の彫像がフェンリルの前脚諸共地面に沈んでいく。
俺はフェンリルの身体から飛び降りて、彫像の腕を剣で切り付けた。
思いの外脆い。手応えもなく脆すぎる腕はボロボロと音を立てて崩れ、サラサラと地面に落ちる。
例えるならでっかい角砂糖の様だ。
「こいつらは彫像なのか?
それとも彫像にされた天使なのか?」
終いには翼の一枚すら残らず全身が崩れた天使を見詰めて言った。
「元々実体のない存在に器を与えた。」
元々実体のない存在?それは
「下天使。」
「そうだ。
上級の天使からたった一つだけの命令を聞く為だけに存在し、朽ちていくだけの下天使。
彼等に長時間持続する体を与えた。
・・・最も、ここに転がる出来損ないが殆どで、成功したのは僅かだがな。」
「下天使を魔界に召喚したのはレミエルとラムエルか?」
「可笑しなことを聞くな?
私自ら呼び寄せた。」
「ちょっと待て。
なんでお前は下天使を魔界に呼び寄せる事ができるんだ?」
元上級天使であるレミエルとラムエルなら兎も角と、言いかけたが、言い得ない違和感から言うのを躊躇った。
アエーシュマが両手を広げた。
「何故私が下天使を呼び寄せる事ができるか。
それは私が天使だったからに決まっている。
遠い昔の話だがね。」
「・・・。」
この変態が元天使??
まあ、現役の最高神が変態だからな。
いろんな奴がいてもおかしくはないか。
「レミエル。ラムエル。」
頭上から白い羽根が舞落ちてきた。
「はい、アエーシュマ様。」
俺達の目の前に降り立った背格好の良く似た二人の天使。レミエルとラムエル。
二人の手には弓矢が握られている。
「キャルロットを捕まえろ。
狼と大蛇は殺せ。」
アエーシュマの命令で天使達は華奢なその腕で各々の武器を構えた。
フェンリルは牙を剥いて低く唸り声を挙げ、ヨルは大きな口を開けて「シャアーッ」と威嚇している。
そんな遣り取りをしている間に俺達を数え切れないほどの光の球体が取り囲んでいた。
それがみるみる形を変えて人型に形成されていく。
みんな同じ顔。何度か現れたあの幽霊女が沢山いる。
全身総毛立つのを感じる。
『上級の天使からたった一つだけの命令を聞く為だけに存在し、朽ちていくだけの下天使』。
いつも同じ奴が現れると思っていたが、初めて見た奴も、城の窓を開けた奴も、俺の代わりに茶会にいた奴も、美術館に入れてくれた奴も別の下天使だったのだ。
無知ほど恐ろしいものはない。
知らなかったとはいえ、俺は下天使を頼ってしまった。
どんなに下らなくて小さな願いさえ彼等にとっては上級の天使から与えられる使命だ。
あの時聞いた風の様なヒュウっというあの微かな音は、物言わぬ下天使の最期の叫びだったのかもしれない。
こいつら一人一人に命があるのだ。
それを何の罪悪感もなしにこんなに無駄にしている。
どんだけこいつらが束になって攻めてきても圧倒的にこちらに部があるのは確かだ。
しかも、こいつらの脆弱性は了承済みだ。
何の為にこんな無駄なことを?
ビシャ。
「!?」
俺の頭の上に大量の水が降ってきた。
見上げるとヨルの顎裏がある。
「わあー。おいしそう。」
「お前のヨダレかよ!?汚ねぇな!!」
「みんな食べていいよ。ヨル。
美味しくたべてあげよう。」
俺と同じくずぶ濡れのフェンリルがニッカリと笑った。
「ボク、てんしさんを食べるのはじめてだよ。
あまいかなぁ?」
またしてもダバダバとヨルのヨダレが大量に降ってきた。
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