第78話 食い尽くす
ヨルの馬鹿デカい一口が五体の天使を捕らえた。
バリボリと石を砕く様な音が今はすっかり荒廃した花園に響き渡る。
無数の矢がヨルに向かって飛んでくるが、硬い銀色の蛇皮が無残にもそれを跳ね返す。
フェンリルは咆哮を挙げ、地面を前脚で掻いた。
そのまま物凄い速さで天使に突っ込んで行った。
フェンリルの牙や爪で攻撃された天使の残骸が花園を雪のように白く染めていく。
一瞬目を離した隙にアエーシュマの姿は無かった。
アイツには面倒掛けられたから、一発ぶん殴らなきゃ気が収まらない。
すぐ傍で弓矢を番える見覚えのある天使がいる。矢の先端はヨルの頭を狙っている。
「ラムエル。アエーシュマはどこだ?」
「キャルロット、君ね・・・」
弓矢を構えたままラムエルが呆れた声で応えた。
「アエーシュマ様はご多用な方だから、もう行ってしまわれたよ。」
「ムカつく奴だな。だったらもっと手応えある兵でも用意しとけよ。」
「君、下天使は意外に厄介なんだぞ?」
「?」
「ご覧よ。君の友達を。」
ラムエルが鏃で指したヨルの方を見た。
もう何体の天使を食ったのか。
まあ、食い尽くすまではいかないとしても、あの図体じゃまだまだ入るだろう。
フェンリルもボリボリと天使を齧っている。
どうも様子がおかしいが、声を掛けるのに躊躇してしまう程の夢中っぷりだ。
「下天使とはいえ、天使は天使なんだよ。」
「?」
「食べ過ぎ注意ってこと。」
「それじゃ意味わかんねーんだけど?」
腹でも壊すのか?
一心不乱に夢中で食べ続けるフェンリルとヨルを眺める。
仮にも魔王の息子達だ。天使を食ったくらいで腹壊したりするだろうか。
てか、そんなに美味いのか?
つい隣に立っているラムエルの腕をガン見してしまった。
いかんいかん。ヨダレが。
「君が僕を食べても美味しくないと思うよ。」
バレてたか。
口元を拭うのを見られていた様だ。
「ラムエル。そろそろかなぁ?」
少し離れた場所にいたレミエルがこちらに向かって言った。
「まあ、潮時だね。
キャルロット、大人しく僕らに捕まってくれるよね?」
「は?」
にっこりと微笑むラムエルの顔。
「言っただろ?君と僕らの利害は一致してる。」
要は捕まったフリをしろということだ。
どういう考えがあるかわからないが、今は言う通りにしておくか。大人しく後ろから羽交い締めにされる俺。
しかし、コイツいつか主人に殺されるんじゃねぇのか?とか余計な心配をしてしまう。
ドォーン!!
大きな音に振り返るとヨルの巨体が地面に横たわっている。近くにはフェンリルも倒れている。
「は?」
「大蛇と狼は退治したし、キャルロットも捕まえたよ。」
レミエルの声に下天使たちは総攻撃の手を止め、天を仰いだ。そして、一斉に微かな音を放つ。
無数の下天使達の音は声となりちゃんと俺の耳にも届いた。
下天使達はやがて光の粒となって消えてしまった。
彼等の使命が終わったのだ。
「天使ってさ、普通の魔族にしたら死ぬ奴もいるくらい猛毒なんだ。
何体食べちゃったんだよ、こいつら。」
俺から体を離し、呆れた声でラムエルが言った。
「さ、君の友達は寝てるだけだから。起きたらさっさと消えてよね。」
「僕達は妖精探して花園を元に戻さなきゃ。」
「君とはお別れだ。」
レミエルとラムエルが翼を広げた。
どうやらもう逃げていいようだ。
「あ!ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「なんだい?」
「翔び方を教えてくれないか?」
本当は翼の出し方を聞きたかったが、二人の背中には常に翼がある。
二人は顔を見合わせてからこちらを見た。
「キャルロット。君に足りないのはイメージじゃないかな?」
「それは、僕も思った。君、想像力も危機管理能力もほぼ無いに等しいよ。よく今まで生きてこられたね。」
「運だけで生きてきたんだね。あと顔も武器か。」
「でも、顔のせいで危ない目にも合ってるんじゃないのかな?今回みたいに。」
「じゃあ、やっぱり運だけで生きてきたんじゃないか。」
「あの・・・もう、いいよ。」
「「え?そうかい?」」
居た堪れなくなった俺を二人の天使がキョトンと見つめてきた。悪意の無い純粋な瞳が本物ではない事を俺は知っている。
「それと、もうひとつ。
お前らみたいな堕天使ってのは魔界に結構いるのか?」
「昔は沢山の天使が堕天したらしいけど、人間界の方が多いんじゃない?」
「は?人間界にも天使がいんのか?」
「そりゃあいるさ。けど、天使が人間界に堕天すると普通の人間になるからね。寿命も人間並だし。」
ラグドールにも普通の人間として生活する天使がいるかもしれないということだ。もしかしたら、俺の知ってる奴、ということも有り得る。
「それじゃあ、キャルロット。
また会うことが無いよう願うよ。」
「そうだな。会えるなら魔界じゃない別の場所で会おう。」
二人の天使は笑顔で応えるとあっさりと飛んで行ってしまった。
妖精探しとか言ってたけど、隠れた妖精を見つけるつもりだろうか。
そんなことより猛獣達を起こさねぇとな。
「おいっ!!フェンリル!ヨル!起きろっ!!!」
「ん・・・んん・・・?」
「おっ!?フェンリル?起きたか?」
「天使はもう食べられないよ。お腹いっぱいなんだよ〜。」
ダメだ。まだ夢の中だ。
フェンリルの耳元で叫んでみるか。
「起きろ!フェンリル、俺だよ!キャルロットだ!」
「キャルロット!??無事だったんだね!?」
フェンリルが目を白黒させながら飛び起きた。
ヨルはまだ寝ている。
「さあ、ボクの背中に乗って!」と、言われる前にフェンリルの背中に俺は乗った。
フェンリルの方も当たり前のように地面を蹴った。
「ヨルは?」
「尻尾はまだ穴の中だからね、そっちを引っ張るよ。」
「・・・そうか。」
改めて見るヨルの体長。これを測った奴はいないだろうが、ラグドール皇国お抱えの学者連中が目にすれば歓喜して躍りながら隅々まで調査するだろう。
穴の中に入ってからもヨルの身体はまだ奥まで続いていた。
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