第6章

第79話 白亜の城

 無機質なエントランス。真っ白な壁と柱、磨かれた真っ白な大理石の床。巨大なヨルが入れるくらいデカい外観も真っ白で荘厳な城。

 俺はフェンリル達と『レヴィアおばさまの城』の中にいる。

 幸いアエーシュマからの追っ手も無く無事に辿り着いたのは、あの二人の天使が巧くやってくれたという事にしよう。


 それより、何故フェンリルとヨルがアエーシュマの城に現れたかというと、このレヴィアおばさまの城の中にセイヴァルがいるということを報せる為だった。

 一度は足を踏み入れ掛けた城だというのにどっかの変態露出魔のせいでとんだ回り道をしてしまったものだ。・・・騙された俺が一番悪いか。


「お腹がムカムカするよぉ。」


 目を覚ましたばかりのヨルが今にも泣きそうな声で言った。どうやら下天使を食い過ぎたせいで胸やけを起こしたようだ。花瓶に飾られている大輪の花束を見つけ、バクバク食べている。


「どうでもいいけど、ヨルの身体って魔法で小さくなれないのか?」


「これでも小さくなってみたんだけどおとうさまみたいにうまくできないんだよね。」


 まあ、言われてみれば小さくなったような・・・。デカいには変わりはないが。

 程なくして白い扉の前でフェンリルが立ち止まった。


「この部屋だよ。」


「ここにセイヴァルがいるんだな・・・」


 部屋の中に入るとオルゴールの優しい音色が聞こえてきた。案の定というべきか、部屋の内部も白い。

 整然と佇む白い調度品に上品な金の細工があしらわれている他は天井も壁も床も白色だ。

 部屋の奥に天蓋のついたでかいベットがある。


 誰かいる。


 天蓋の薄い布の向こうにセイヴァルではない人影が見えた。レヴィアおばさまってやつか?


「おかえりなさい。」


 この声・・・。

 俺はフェンリルの背中から降りて天蓋の中に入った。


「・・・っ。」


 息を飲み込んだ。

 一瞬、自分の母と見間違えた。

 いや、この顔は俺達の母親とまるで双子の様にそっくりだ。

 明らかに違うのは母が金髪なのに対し、女は黒髪ということだ。俺とセイヴァルは黒髪だから、どちらかといえばこっちの方が母親っぽい。

 女は母の様な優しい眼差しで俺をじっと見詰めている。


「おばさま。彼のようすはどう?」


「げんきになった?」


 フェンリルとヨルが薄い布から顔を覗かせている。

 その声に我に返った俺はベットに横たわるセイヴァルに気付いた。

 静かに寝息をたてているセイヴァル。

 ・・・なんて呑気な奴なんだ。


「キャルロット、この子は君の弟?」


「おとうとだよね?すごくキミに似てるもの!」


「セイヴァルだ。間違いない。」


 俺は椅子に座るレヴィアおばさまを見た。

 白い毛糸で編み物をしている。


「あの、レヴィア様。初めてお目にかかります。

 俺、キャルロットといいます。

 弟を助けてくれてありがとうございます。」


 聞こえていなかったのか、レヴィアは小さく鼻歌を歌いながら編み物の手を休めない。

 俺は膝をついてその顔を覗き込んだ。

 目が合うと彼女はにっこりと微笑んだ。


「なあに?ぼうや。」


「弟を助けてくれてありがとうございます。」


 レヴィアは応えず微笑みを返して、編み物の続きを始めた。


「レヴィアおばさまはリヴァイア王を亡くしてから、ずっと元気がないんだ。」


「リヴァイア王って?」


「レヴィアおばさまの旦那さんだった人だよ。今はレヴィアおばさまがこの城の主なんだ。」


 リヴァイア王。7大君主とかってやつの一人か。


「でもね、キャルロットの弟が来てから何だか機嫌が良いみたいなんだ。」


「ふーん。」


 いつからセイヴァルがこの城にいたかはわからないが、ずっと寝てたのだろうか。

 怪我とかしてる訳ではなさそうだ。

 セイヴァルが微かに眉を顰めた。


「・・・んんっ・・・。」


「セイヴァル?」


 俺の声に反応してセイヴァルが目を開けた。

 所在なさげに紫色の瞳が空を泳ぐ。


「セイヴァル。」


 顔を覗き込むとやっと目が合った。


「・・・キャルロット?」


「セイヴァル。良かった。」


「神官は!?」


 ・・・そうか。セイヴァルの記憶の最後はそこなんだな。

 俺はこっちに来てから色々あったからな・・・。


「わっ!なんかでっかいのがいる!!」


「ぼくはフェンリル。

 こっちは弟のヨルムンガンド。

 そしてここはレヴィアおばさんのお城だよ。」


 セイヴァルはフェンリルとヨルを指差して口をパクパクさせている。

 俺はベットに腰掛けて魔界に来てからの一部始終をセイヴァルに話した。

 セイヴァルはというと、ずっとここで眠っていたらしい。漸く起きたら俺の顔が目の前にあったという訳だ。


「?」


 ふと、セイヴァルの首に何か付いているのに気が付いた。首に掛かったセイヴァルの髪を払う。


「何だコレ・・・。」


 魚の鱗にも似た透明な出来物がセイヴァルの首に付いていた。

 ハッとする。

 まさか


「なに?」


 訝しげに見詰めるセイヴァルの腕を布団から引っ張り出し、その袖を捲った。(セイヴァルの着ている寝巻きがフリフリなのは見逃してやろう。)

 腕に同じ様な鱗がびっしりと付いている。

 正直、気持ち悪い。


「な、何だよ、これ!」


 セイヴァルが叫ぶ。


「・・・魔物化・・・」


 口に出した後、目の前が暗くなる。

 目の前のセイヴァルの顔面が真っ青だが、俺も同じ様な顔色になっているだろう。


「これ、リザ・・・神官が言ってたヤツじゃないのか?

 魔物の肉を食うと魔物になるとかって。」


「オレは魔物になるのか・・・?」


「そしたら俺もじゃねーか。」


 慌てて自分の袖を捲るがそれらしい兆候はない。

 牛頭も食ったから牛になるかもしれないってか?


「あ〜っ!キャルロットが魔物になったらぼく達仲間だね。」


「まものの方がつよいしカッコいいよ!」


 追い討ちをかける様な魔物兄弟の楽観的な励ましに更に血の気が引くのを感じる。

 始まってしまった魔物化を止められる術は俺達にはわからない。魔界の奴に期待はできない。

 俺はセイヴァルの腕を掴んだ。


「セイヴァル。急いでラグドールに戻ろう。

 神官なら戻す方法を知ってる筈だ。」


 一刻の猶予も許されない状況の筈なのに、何処か浮かない表情のセイヴァル。


「・・・逆に殺されて浄化されないかな・・・。」


「うっ・・・」


 否めない。

 下手すれば『浄化』と称して殺され解剖されるだろうな。

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