第75話 下天使
嫌味な程、豪華な客室。
もてなされた客がここで寛げるかどうか定かではない。派手な赤と金の壁に赤い絨毯。天井からは豪奢なシャンデリアがぶら下がっていて、備えられたベットやソファ、キャビネット等の調度品も赤を基調に金の装飾が施されている。
気が付けばあの幽霊女がいない。
「アイツも天使なのか?」
「そうだよ。天使といっても僕達とは違うよ。
『下天使』だからね。」
「彼等は
「さっきのは僕達の能力で身体を与えたんだ。
喋れないし、感情もない。もしかしたら肉体の感覚もないかもしれないね。」
幽霊女の血の気のない白い顔と白い唇を思い浮かべた。確かに彫像とはまた別の『生気』というものは感じなかった。
「彼等は無数にいて堕天使の僕達でも望めば魔界にも召喚できる。
何でもしてくれるけど、複雑な事はできない。」
要は困った時に呼べば来てくれる、天使の小間遣いとか便利屋みたいなもんなのだろう。
「そんな事より、早く探そうよ。」
「さっきの奴、下天使?に頼めないのか?」
「もうやったよ。」
「期待しない方が良い。彼等は人間以下の非力な存在だからね。」
ラムエルが部屋の扉を開けて此方を振り返った。
にこやかな笑顔の奥にゾッとする様な冷酷さが見えた気がした。
長い廊下。今し方出てきた部屋の向かい側には大きな窓が並ぶ。
左右を見るといくつか部屋があるようだが、どの部屋にもセイヴァルは居ないということか。
「このフロアじゃないみたいだね。」
「下天使が隠してるとか?」
「彼等にそんな芸当はできないよ。存在は危ういけど命令には忠実だよ。」
「やっぱりあそこかな。ラムエル」
「君もそう思うかい?レミエル。」
「どこだよ。」
レミエルとラムエルが窓の外を指差した。
「「美術館。」」
天使達が示す城から少し離れた神殿風の建物。
「美術館?」
ここから見た感じ大きさ的に広くはなさそうだ。
「僕達が彫像だったのは見たよね?」
「ああ。」
「僕達はアエーシュマ様のお気に入りの
収集品・・・天使の彫像を愛でるアエーシュマの顔を思い浮かべる。
他人の趣味をどうこう言いたくないが、気色悪い予感しかしない。
「あの中に他の堕天使もいるのか?」
二人が頷く。
「天使だけじゃない。妖精なんかもいたよ。」
レミエルが窓を開けた。
生温い外気がレミエルの髪を揺らした。
「実際に何体あったかまでは把握してないけど。本当の彫像かもしれないしね。
君の弟が君に似ているとしたらアエーシュマ様のコレクションになっている可能性は高いよ。」
「ちょっと待て。」
俺はレミエルに詰め寄った。
淡い碧色の瞳が僅かに左右に動く。
「セイヴァルは彫像にされてるってことか?」
「かもね。」
レミエルではなくラムエルが美術館の方を眺めながら応えた。
セイヴァルが彫像にされてるとしたら、元に戻せるのか?
この二人はアエーシュマの許で本来の姿に戻るって言ってたから、もし無理矢理セイヴァルの彫像を奪還しても俺に戻す術はない。
「キャルロット。」
「なんだ?ラムエル。」
「君は自分が彫像にされるかもしれないっていう危機感はないのかい?」
「・・・・。」
そんなこと全く想像してなかった。
いや、待てよ。だとしたらコイツらはアエーシュマの手下だ。
俺を彫像にしようとしてるんじゃないのか?
ラムエルが「やれやれ」と、溜め息をついた。
「アエーシュマ様は美しい物を好む。それが対の物であれば殊更だ。」
「僕達は対だから彼のお気に入りなんだ。」
二人は腕を組み挑戦的な眼差しで俺を見つめている。
「協力してあげるよ。」
「君の弟どころか君まで
レミエルがそう言って肩を竦めた。
そういう事か。
性格悪そうなのに、やけに協力的だなーとは思ってたんだよな。
俺としては彫像になる気は更々ないけど。
「よし、美術館に行こう。
案内してくれ。」
「僕達は行かないよ。」
「は?」
「僕達はお茶会に戻って君をおもてなししていなきゃ。」
「は?」
二人に再び客室に戻るように促される。そのまま中庭を見下ろした。
俺とそっくりな奴が庭のテーブルに座り紅茶を啜っている。
「もうすぐアエーシュマ様がお茶会においでになるからね。下天使を君の姿にしたんだ。」
「僕達がアエーシュマ様の足止めをするからその間に君は弟を探して連れ帰るといい。」
彫像になってるであろうセイヴァルを元に戻す
最悪の場合は背負って脱出するしかない。
俺は天使達に向かい首を縦に振ることで合意した。
「困った時は下天使を遣うといいよ。」
「君も天使だから扱える筈だよ?」
「「さあ、急いで急いで」」
この二人が本気で心配してくれてるのか、ただ厄介払いしたいだけなのかはわからないが、(絶対に後者だろうが。)美術館が見える廊下側の窓からいきなり放り出された。
案の定、背中の翼は出現する筈もなく敢え無く落下した俺。近くの木に落ちることで最悪の事態は免れた。
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