第74話 レミエルとラムエル

 アエーシュマの城、庭園での茶会。

 無駄に長いダイニングテーブルには所狭しと菓子と果物が並べられている。緑色のヴェルヴェットが張られた椅子が何十脚と並べられているが、座っているのは生憎と俺一人だ。

 両脇で手慣れた様子で甲斐甲斐しく給仕する天使達。


「キャルロットはどんな事をして追放されたの?

 因みに僕はね・・・あ〜ラムエル、シナモンがないよ。」


「君の目の前だよ、レミエル。

 魔界ここもなかなか住みやすいけど、たまに天界も恋しくなるんだよね。」


「天界では会ったことないよね?」


「楽園の方にいたのかな?

 僕達はある神様のお付きをしてたんだよ。」


「あ、お砂糖はいくつ入れる?」


「ミルクとレモンとベリージャムのどれがお好みかな?」


「ショコラタルトはいかが?」


「それともピーチパイ?プディングもあるよ?」


 矢継ぎ早の質問攻めに答える隙もないし、時折二人の翼がビシビシとぶつかるのは態とではないと思いたい。

 どうでもいいが、つ・・・疲れる。


「俺、天使じゃないけど。」


 取り敢えず出されたばかりの紅茶を啜る。

 二人の天使の動きが止まった。


「天使じゃないって?」


「うん。」


 生返事で応じる。

 取り分けられた生クリームたっぷりのピーチパイにフォークを刺した。


「隠しても僕達には判るよ。

 君には翼がある。」


 ラムエルが俺の耳元で囁いた。

 あ、そういう事か。


「何か話せない事情があるんだね?

 大丈夫だよ。アエーシュマ様はまだ気付いてないから。」


「最もあの方は悪魔とか天使とか人間とか全然気にしないけどね。

 なんて大きな御心をお持ちなんだろう。」


 ここはコイツらの思い込みに乗じておこう。

 天使達に返事をせずに目の前に並ぶお菓子を黙々と食べた。このビスケットはベリージャムを付けて食べると絶品だ。


「本当にアエーシュマ様って素敵な方だよね。

 君もそう思うだろう?」


 レミエルとラムエルが俺の向かいに並んで座り、俺の返答を頬杖を付きながらキラキラの瞳で待ち望んでいる。

 二人が心底そう思ってんのか判らないが、本音を言ってコイツらの機嫌を損ねると後々面倒な事になりそうなので、曖昧に微笑んでおいた。

 満足気に頷く天使達。


「で、俺の弟は何処だ?」


「弟?」


「だから、俺と同じ顔の奴がこの城にいるんだろ?

 アエーシュマがこの城にいるって言ったんだ。」


「君と同じ顔の天使は知らないなぁ。」


「天使じゃないって。」


「「どちらにしても僕達は知らない。」」


 コイツらさっきまで彫像だったからな。

 セイヴァルが裏口とか別の入り口から入ったとしたら出会わないのかもしれない。


「アエーシュマは何処に行ったんだ?」


「さぁ。執務室かな?」


「謁見の間かもね。あの方はとても人気者で寛大なお方だから市民にも平等なんだ。」


 話にならないし、頼りにもならない。

 それにしても何故アエーシュマは直ぐにセイヴァルに会わせてくれないんだ?

 会わせられない理由でもあんのか?

 そもそも本当にこの城にセイヴァルは居るのか?


 アエーシュマがセイヴァルを知っているのは確かだ。


 何にしても、この城の中を探す価値はある。

 隙を見てこの場から解放される手段を模索した。

 無駄に騒ぎを起こさない為にもこの天使達とはできるなら戦いたくはない。


「そうだ。キャルロットの弟を探しに行こうか。」


 え?


「それはいい考えだね。レミエル。」


 期待外れだと思っていたが、良い方向に事が運んでいる。


「キャルロット、もう一杯お代わりはどう?」


「要らないから。」


 早く城を案内して欲しい。

 ティーポットを差し出すレミエルを遮って俺は席を立った。


「この城、かなり広いけど宛はあんのか?」


「僕達に任せて!アエーシュマ様には内緒だよ?」


「アエーシュマ様がお茶会にいらっしゃるまでは戻らなきゃ。」


 心無しかイキイキしてないか?

 二人が俺の腕を引っ張る。


「まずはゲストルームからだよね。」


「翔んだ方が早いね。」


「おわっ!!」


 ふわりと舞う天使達につられて俺の身体も宙ぶらりんになる。


「もしかして記憶喪失ってやつかな? 」


「翔び方まで忘れるのかい?

 厄介な記憶喪失だな。」


「空を翔ぶなんて歩くより簡単なのにね。」


「堕天したのってそのせいなんじゃないの?」


 完全にお荷物扱いの(実際にそうなのだが。)俺に聞こえるように天使達がブツブツ言っている。

 俺の意思で出現させられないんだよな。

 ヴィシュヌに聞いとくんだったと心底後悔するしかない。


 天使達は俺の重さは気にならない様子で城の半ば、五階辺りで滞空した。

 全て閉じられた窓。

 内側にさっきの幽霊女がいる。

 伏し目がちな面差しは整った顔に印象を残さない。

 幽霊女は無表情で窓を開けた。


 そこから俺達は部屋の中に入った。

 不思議な音が一瞬聞こえた気がした。

 人の声?風の音?鈴の音?

 聞き逃さざるを得ないあまりにも微かな音だった。


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