第73話 白い彫像
何処からともなくやって来た御者のいない馬車に乗っている。
沿道からの歓声は未だに鳴り止まない。
にこやかに手を振りそれに応えるアエーシュマ。
「ここは何処なんだ?」
アエーシュマの横顔に尋ねる。
「ここは私の治める国だ。
魔界に来るのは初めてか?」
俺の方は向かずにアエーシュマが答えた。
「国?
魔界にも国があるのか?」
「国は七つある。」
「七つ?」
そういえばマモンが七大君主とか偉そうに言ってたな。
アイツも国を治めてるって事か。
「ここに人間を食う者はいないから安心して過ごせばいいだろう。」
馬車の中から商店を眺めた。
色や形は独特だが、野菜や果物の様な物が店先に山積みに並んでいる。
魔物全てが人間を捕食する訳ではないらしい。
「この国にいれば俺の弟も大丈夫ってことか?」
「・・・そうだな。」
どうも胡散臭さは拭い切れないが、ここは信用しておくか。何にしてもセイヴァルの事を知るヤツだからな。
「暑いな。」
太陽は照る筈のない魔界でこの国に来てからやけに暑い。
ヘルが治める冥界が恋しくなる程だ。
「そうか?」
横に座るアエーシュマが漸くこちらを見た。
だからコイツこんなに薄着なのか。
外にいる奴らも裸同然の格好だ。
「君も脱げばいい。
私と君しか居ないのだしな。」
「それは遠慮する。」
俺の中でこのオッサンは危険だと警告が鳴り響いている。
その時、アエーシュマが小さく舌打ちした、気がした。
ぞわっっ!
やべー。
暑いのに鳥肌がやべぇ。
コイツ・・・。
この感じはラグドール最高神ヴィシュヌに似ている。
俺、もしかして変態に好かれんのか?
念の為、ホントに念の為。無意味かもしれないが確認しよう。
「俺、男だからな。」
アエーシュマが「ふっ」と、笑った。
どういう意味だ?
決して恐れている訳ではないが、心持ちアエーシュマから距離を取った。
そうこうしている内に、馬車は賑わう街を抜けて城へと続く跳ね橋を渡る。魔界とは忘れる程に美しい城。門の前にデカい魔物が2匹、石のように立っている。牛頭と馬頭の半獣人だ。
牛頭・・・アイツ美味いんだよな。
馬頭の方はどんな味なんだろう。
いやいや、俺。フェンリルじゃねーんだから。
いつの間にか垂れた涎を袖でこっそり拭う。
「そうそう、私の城内には門兵以外の魔族がいないんだ。」
「あんたしかいないのか?」
「いや?」
馬車を降りて踏み入れた城の中は、しんと静まり返っている。
閑静な佇まいとは無縁と言える豪華絢爛な城内。
しかも、何処からか誰かが見ているような薄気味悪い気配までする。
中央に対の真っ白な天使の彫像がある。
どちらも中性的、そもそも天使に性別があるかもわからないが。少年か少女か、俺よりまだ少し子供に見える。
無意識に近付いて像のひとつを観察した。
───まるで生きているようだ。
白い顔。閉じた瞳は今にも瞼を開きそうだし、薄ら開いた唇はさぞ美しい歌を紡ぐ様を思わせる。
「あんま見ないでくれる?」
「!!」
像が喋った!?
天使の像の唇が動き、瞼がゆっくりと開く。
「おかえりなさいませ。」
天使が恭しくアエーシュマに向かい頭を下げた。
て、ことはこっちも本物?
「そっちは彫刻だよ。」
天使が俺の心の声に答える。
こっちは彫像か。まじか。
動く天使と見比べても、ほぼ同じだ。
あ、でもよく見たら遠目で見るより顔があまり似ていない。
「見すぎ。」
「!」
天使の像の瞳がギロリと俺を上目遣いで睨んだ。
「おかえりなさいませ。アエーシュマ様。」
こっちもアエーシュマに仰々しく頭を下げる。
最初に動いた方の天使を見ると、クスクスと肩を震わせて笑っている。
相当、性格悪そうだなアイツ。
「レミエル。ラムエル。」
アエーシュマが天使二人に声を掛けた。
二人の天使の肩まである髪が金色になり、瞳も淡い碧色に唇も薔薇色に変わった。
「神の怒りに触れ堕天した者達だ。
普段は彫像だが、私の許では本来の姿を取り戻す。」
天界から魔界に堕ちて相対する側の悪魔の手下になったってことか。
天使達の頭を交互に撫でるアエーシュマと嬉しそうにアエーシュマの腕に絡み付く天使達。状況を呑み込むのに躊躇する異様な空気感。
この国に来てから何を見せられてんだっつーの。
「で、セイヴァル・・・俺の弟は何処だ?」
俺の目的はひとつだけ。セイヴァルを見つけることだ。
二人の天使は俺を見たが、アエーシュマはこちらを見なかった。
「その前にお茶にしよう。そう急ぐこともないだろう?」
「は?」
何を悠長な事言ってんだ?
このマイペースさもヴィシュヌと重なる。
奥の方に人影が見えた。
天使達の様に翼はないが長い白髪を垂らした儚げな女の様に見える。白い寝巻きを着ていて、そこからじっと動かない。見た目をそのまま例えるなら幽霊だ。
アエーシュマは再び天使達の髪を交互に撫でた。
「私の可愛い天使達。お客様を案内してくれるか?」
「「はい♡アエーシュマ様。」」
アエーシュマが幽霊女の方に向かおうとしている。
「おい。」
去ろうとするアエーシュマに声を掛けようとしたが、俺の両脇を天使達がガッチリと捕まえた。
華奢な割りに強い力。
「離せよ!お茶なんかより弟に会わせろよ!」
どっちがレミエルかラムエルか判らんが取り敢えず睨みつける。
淡い碧色の瞳が見開いた。
「あれ?」
「気付いた?レミエル。」
「君も気付いたんだね。ラムエル。」
二人が何に気付いたのかは知らねーが、右腕を掴んでいるフワフワくせっ毛がレミエルで、左腕を掴んでいるストレートヘアの
二人の淡い碧色の瞳が俺の顔をマジマジと覗き込んでいる。
囁く様に二人は同時に言った。
「「君も僕達と同じ天使なんだね?」」
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