第72話 手掛かり
まるで汚物でも見たかの様に男の眉間に深い皺が寄る。
暫しの沈黙の後「はあーーっ。」と、男が極端に長く息を吐いた。
「何なのだ!その溜め息は!!?
そんなことより、アエーシュマ!!
何故貴様がここにいるのだ!?」
マモンが更に激昂するが、アエーシュマは自分の爪の先を手持ち無沙汰に見ている。
「『何故ここにいるか』?」
アエーシュマは質問の主の方は見ずにゆったりと言葉を反芻した。
マモンとマモンの家来達が固唾を飲んでその返答を待つ。
「教えてやろう。
それは美しいレヴィアを愛でる事が私の日課だからだよ。」
アエーシュマが何処か恍惚の表情で応えた。誰かを彷彿とさせる独特の間が何とも気になるが、思い出すのはやめとこう。
空腹に耐え切れなかったのだろう、睨み合い相対する二人の悪魔を気にする素振りもなくフェンリルとヨルが鉄の扉を潜った。
俺もそれに倣い、扉を潜ろうとした。
「待て」
露出度の高い変態じみた怪しい男に警戒しながらも、その横を通り過ぎようとしたところ腕を掴まれた。腕を掴む相手の顔を見上げる。
「は?」
「お前、何故ここにいる?」
揺れるアエーシュマの瞳。
この顔は知らない。
頭をフル回転させるがコイツに会った憶えは微塵にもない。
「は?」
二度目。我ながら間抜けた声だと思う。
しかし、俺を見詰めるアエーシュマの顔が腑抜けた様に緩んだ、気がした。
もしかしたらコイツ
「もしかして、『俺の顔』を知っているのか?」
アエーシュマは無言で視線を反らさない。
「俺は弟を捜している。」
一か八かの賭けだったが、コイツはセイヴァルを知っているんじゃないかと思った。
暫く俺の顔を訝しげに見た後、無言のままアエーシュマが俺の袖を捲った。
「!!?
何すん・・・」
「そういう事か・・・。」
アエーシュマが俺の抗議の声を遮った。
「『お前の片割れ』は私の城にいる。」
その言葉に全身の血が一気に巡る。
信用できるか?
目の前にいる悪魔の表情を窺うが、神にも似た温和な笑顔に掴み所がない。
魔法陣に引き摺り込まれてから初めてのセイヴァルに関する情報。自分以外に心底信頼する仲間はいない。
これを捨てる手は無いんじゃないのか。
「キャルロット?僕達もう行くけど、君も行くよね?」
フェンリルが振り返った。
ここまで来れたのはフェンリルのお陰だ。
ルゥの友達だと思っていてくれる限りこれから先も力になってくれるだろう。
「フェンリル。ヨル。」
4つの赤い瞳が見詰める。
「俺、この人の城に行ってみる。」
「・・・・・」
無反応かよ。
「ここでお別れだ。ここまで連れて来てくれてホントに感謝してるよ。」
俺がそう言うと、フェンリルは俺の肩に鼻を擦り寄せてきた。
「何かあったらすぐ僕を呼んでよ。」
「フェンリル?」
いつにないフェンリルの真面目な声。
「ヨルがそこに行けないからゴメンね。今は付いていけない。」
「そこまで甘えらんねぇよ。ありがとな。」
「それと、君を食べるのは僕なんだから誰にも食べられないでよね?」
やっぱり諦めてなかったのかよ。
「・・・俺はお前もヨルも友達だと思ってる。
でも、身も心も捧げる相手は決めてるから、お前にこの身体を食べさせることはできない。」
名残惜し気にフェンリルがベロりと俺の頬を舐めた。愛情表現というより味見という感じなのだろう。
前より自然に受け入れている自分に驚いているけどな。
「僕も君を友達だと思ってるしね。諦めるしかないよね。」
「しかたないよ。にいさま。
キャルロット、またね!」
「また遊ぼうね。キャルロット。」
それまで笑顔だったフェンリルがアエーシュマを睨みつけた。
「キャルロットに何かしたら僕、許さないからね。」
「人間の肉を食らう嗜好はないから安心しろ。」
アエーシュマがフェンリルから視線を外して、俺を見た。意味深な微笑み。
「さあ、参ろう。」
かなり胡散臭いが、セイヴァルのことを知っていることは確かだ。
と、自分の体が浮いているのに気付いた。
・・・何故かお姫様抱っこされちゃってる俺なのである。
あああああーっ?何この状況はー!?
「おいっ!!降ろせっ!!」
「このまま行くぞ。」
俺の言葉を無視して、アエーシュマが更に妖艶に微笑む。つーか、なんて馬鹿力なんだ。
冷静なアエーシュマの顔を睨んでいると、その顔がぐにゃりと歪んだ。
今まで味わったことの無い感覚に戸惑う。
「人間で使えるのは限られた者だけ、だったか?」
「まさか」
転移魔法。
転移魔法は二つに分類される。
ラグドール皇国内、9つの神殿を繋いでいる様に魔法陣を使い一度足を踏み入れた事のある地に行けるものと、呪文を詠唱する事で自分の思い通りの場所に転移できるものがある。
後者は大賢者や大魔導師だけが操ることができ、唯一の後継者だけが秘密裏に伝授される魔法だ。
ラグドール皇国は魔法に関して衰退の一途を辿っている。ここ何百年、争いも侵略も無く必要性もないのだから仕方のないことだ。
何度か大賢者のジイさんが使う場面を見た事があるが、実際に体感するのは初めてだ。
次の瞬間にはもう別の空間にいた。
───街?
商店街だろうか。店が立ち並び、ゴチャゴチャと人が行き交い賑わう通りにいる。
ただ、そこにいるのは人間ではなく異形の者達ということを除けば、極普通の活気ある町並みの光景だ。
異形とはいえ、人間に似た容姿に角や尻尾が生えていたり、魚や草食動物の様な頭をした奴がいるくらいで大きさも皆人間サイズだ。
「あ!!アエーシュマ様だっ!」
何処からともなく挙がった声に一斉に視線が集まった。
続け様にアエーシュマの名を口々に叫ぶ声や「キャーッ」とか「ワアッ」という歓声に街が包まれる。
それに柔和な微笑みで応えるアエーシュマ。
いやいや、何を見せられてんだ俺は。
そんなことより早く降ろせ!!!と、心の中で叫ぶ。
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